20/12/11 【感想】銀座幽霊

大阪圭吉『銀座幽霊』を読みました。

上質な短編推理がいくつもあり、良い読書ができました。

「ミステリ偏差値」みたいなものが高いんですよね。
ミステリというジャンルは、情報の出す順番によって成り立つものです。どんなことにも原因があって結果があるものですが、これを結果から先に書くことで原因が見えなくなったり違って見えたりする、ということを利用したジャンル。
「情報の出し方」はミステリの技術の中でも最もミステリの根幹に近いものであり、大阪圭吉はこれが抜群にうまい。そしてこの技術は根幹であるために経年劣化が少ない。なので今でも存分に楽しめます。

例えば密室殺人を扱うときでも大阪圭吉は死体を見つけるところでいきなり密室を強調しないんですよね。死体を見つけた後どういうことだと警官やその他の登場人物が捜査していくと情報が集まり、そして不可能性が浮き彫りになる。
この短編集では密室に限らず他のテーマでも、事件発覚と同時に事件のすべてを説明したり、謎解きシーンで真相のすべてを説明したりというミステリの手癖に収まらない、洗練された情報の出し方がリーダビリティーを高めています。一気に一から十まで説明されるよりも読みやすいんですよね。

個人的ベストは「大百貨注文者」かな。

あらすじより下は各話ごとのネタバレ感想です。

探偵小説誌〈新青年〉で六箇月連続短篇執筆の重責を担った大阪圭吉は、うらぶれた精神病院に出来した事件を描く「三狂人」を皮切りに、捕鯨船の砲手が生還した一夜の出来事から雄大な展開を見せる「動かぬ鯨群」、雪の聖夜に舞い下りた哀切な物語「寒の夜晴れ」など、代表作に数えられる作品を書き上げた。本書にはそのほか筆遣いも多彩な全十一篇を収める。戦前探偵文壇に得難い光芒を遺した早世の本格派、大阪圭吉のベストコレクション。著作リスト、初出時の挿絵附。

(東京創元社サイト内作品ページより)

三狂人

きれいなバールストン先攻法。顔の破壊された死体と全身包帯グルグル男という時点で当然疑うわけですが、死体の描写の地の文で思い切り

赤沢院長の無惨な姿だった。

と書かれています。「地の文で書かれている…いやでもこの時代だしな…?」と時代考証まで楽しめました。現代だとアンフェアです。
これは贔屓の引き倒しかもしれないんですけど、大阪圭吉作品は他に作例のある作品でも楽しく読めます。やっぱりトリックの構想のみならず、実装がうまいんですよねえ。

銀座幽霊

不可能状況の作り方がうめえなあ!!
登場人物、現場の状況、すべてに取ってつけたようなところがなく、事件のピースとして活用されていて無駄がない。
誤認が重なって幽霊が密室殺人を行ったように見えるというものですが、その謎の提供の仕方も情報を出す順番が手慣れていて不可解さがスッと入ってくるし、その後の状況の整理もうまい。
上に書いた「事件が発覚後徐々にその不可能性が浮き彫りになっていく」タイプの作品で、夜の銀座に幽霊があらわれて人を殺すという虚構も、真相の解明も、小洒落ています。

寒の夜晴れ

犯人は割と簡単にわかってしまうのですが、その真相の痛切さと消えるシュプールの一瞬の幻想が印象に残る作品。
タイトルがいいですね。

燈台鬼

器械トリックなのですが、それは先に明かしてしまって犯人特定のサスペンスと真相のインパクトの方を後に持ってくるあたり構成がうまい。これを見てもやっぱり大阪圭吉はトリックメイキングよりもミステリ偏差値の方を評価されるべきだと思います。
強いて言うなら燈台の周期が変わることにもトリックがほしかったかなあ。

動かぬ鯨群

画像1

花束の虫

謎解きシーンでの後出しジャンケンが多いのがイマイチ。崖でダンスしながらレコード踏み割ることあるか? この作者にしては凡作かなあ。

闖入者

あ、前回の探偵の人だ。法水麟太郎も確か刑事弁護士ですよね。流行ってたんでしょうか。
トリック一発勝負な作品ですが、周りの固め方がイマイチな印象。

白妖

あ、道密室だ!両端が塞がれた道の途中で消えるやつ。これ好きなんですよねー、『三つの棺』も雪道で人が消えるやつが一番ワクワクしたし『黄色い部屋の謎』もメインの黄色い部屋より廊下で人が消えるやつの方が好きでした。
肝心の道密室の真相は意外性こそあれあまりパッとしないものだったのですが、証拠品の指し示す容疑者が二転三転したりと楽しさが詰まった佳品。雰囲気もいいしね。

大百貨注文者

2ページの推理パズルにすると「色々なお店が色々な品を送ってきたよ!暗号を読み解こう!」とお店の電話番号と届いた品が並ぶことになる話ですが、これを小説にふくらませるのが抜群にうまい。
「突然色々な店から色々な品が届く、これはどういうことだろう?」→「なんと主人はこんな注文はしていないという。では誰が何のために?」→「主人の助手が帰ってこない!どういうことだ?」→「助手は殺されていた!設計図はいずこに!?」→「金庫を開けてみると中身は空だった。設計図は盗まれてしまったのか…」と謎が謎を呼ぶ、それでいて適度に前問にちょっとずつ回答も与えながら進んでいくのでストレスがないんです。
僕は暗号モノは全般的にあまり好きじゃないのですが、小説としての面白さで引っ張ってくれて最初から最後まで楽しく読めました。しかもエピローグがまた気が利いていて素晴らしい。

解説で大阪圭吉が「(コナン・)ドイル以来の正統派」と当時分類されていたという話が出てきますが、この短編を見るとドイルっぽさがなんとなくわかります。この話の主人公がホームズで筆者名がドイルだったら世界の傑作短編として数えられていたでしょう。

人間燈台

ぶら下がる前に一筆書き置きでも残しておけばよかったのでは…。

幽霊妻

「鉄棒を渡した窓から、鉄棒を捻じ曲げて侵入して被害者を殺害、こんなことができるのは幽霊しかいない…」というミステリで回答が「犯人は力士なので鉄棒を捻じ曲げられた」なのは笑うでしょ。