22/09/22 【感想】紅蓮館の殺人

阿津川辰海『紅蓮館の殺人』を読みました。

山中に隠棲した文豪に会うため、高校の合宿を抜け出した僕と友人の葛城は、落雷による山火事に遭遇。
救助を待つうち、館に住むつばさと仲良くなる。
だが翌朝、吊り天井で圧死した彼女が発見された。
これは事故か、殺人か。
葛城は真相を推理しようとするが、住人や他の避難者は脱出を優先するべきだと語り――。
タイムリミットは35時間。
生存と真実、選ぶべきはどっちだ。

講談社BOOK倶楽部内作品ページより

上記のあらすじにもあるように、舞台となる館には山火事が迫っており1日半で館が燃え落ちるという極限の設定が特徴的な作品です。

同様に山火事が迫る山荘で遭遇した殺人事件に名探偵が挑むという設定の作品にエラリー・クイーンの『シャム双生児の謎』がありますが、本作も恐らくそれを意識しているのでしょう。
『シャム双生児の謎』では「どのみち館は炎に包まれて全員死ぬ」という状況に追い込まれたことで「法のもとでの正義」の価値が限りなくゼロに近づいており(わざわざ裁かなくても犯人も火事で死ぬので)、それによって名探偵が謎解きをして犯人を指摘する意味が「単純に知りたいから」に限りなく純化されていました。
本作でも『シャム双生児』とはまた違った形で、山火事による焼失の運命を使って「名探偵が謎解きをする意味」にフォーカスしている作品です。

この『紅蓮館の殺人』はロマン主義的といいますか、「名探偵」の存在がとてもファンタジックに扱われています。
主人公コンビは高校生探偵とその助手のコンビ。ワトソンよろしくその助手の視点で語られる形になっているのですが、その助手は幼少の頃に女子高生探偵の謎解きに偶然立ち会ったことで探偵を目指すようになったという過去を持っています。そしてその女子高生探偵も大人になっていて偶然この館で再会することになる…というある種とてもフィクション的な設定。

ファンタジーRPGで魔力を持って魔法を使える人が「魔法使い」というジョブであるように、推理力を持って真実に迫れる「名探偵」という特別な存在が、一般人とは独立して存在するかのような「名探偵史観」が大胆に導入されており、あえて「名探偵」をカリカチュアライズすることで上述の「名探偵が謎解きをする意味」にフォーカスしているのかもしれません。

名探偵のファンタジーに加えて舞台もいわゆる「館モノ」であり、しかもその館は成功した推理作家が様々な仕掛けを隠しているからくりつきの館だというのですから、綾辻行人の流れを引く「令和の"館モノ"」、いわば新本格ミステリに対する新古典主義とも言うべき建付けになっています。

平成末期から令和の若手ミステリ作家はとにかく"手先が器用"で「ミステリが巧い」という印象を持っているのですが、本作もちょうどよいロジックで肉付けして「ミステリの文章」として展開しながらテンポよく謎の提起と解明が繰り返され、ちょうどよいドンデン返しなどもあって飽きさせない上手なエンタメです。

パンチの手数が多くワンツーありカウンターあり、フィニッシングストロークまで入っている作品なのですが、ただ出来の良さゆえにパンチにもっと体重が乗っていれば…という贅沢も言いたくなってしまいます。

主人公の高校生探偵と先輩の元女子高生探偵はそれぞれ事件に立ち向かう「名探偵」としての態度が異なっており、それぞれ極限状況で難しい選択を迫られます。そして「名探偵」であるがゆえに突き落とされる苦しみが描かれる…のですが、読者の側で二人に対して位置エネルギーが溜まってないので突き落とされる苦しみがあまり効いてこないんですよね。
特に「元女子高生探偵」の方は過去の事件が重要な仕込みになってくるのですが、ここの描写があらすじ程度でしかないため、ただの「設定」としてしか入ってこないのが物足りないところ。

ミステリに人物描写はどれほど必要かという議論はそれこそ先述のクイーンや新本格の周りで特に盛んに行われて不要論も少なからずあったものではあるのですが、少なくとも本作のプロットは、描写によって読者の感情が乗っていれば乗っているほど威力が出たのではないかと思います。

などと注文を書いてしまいましたが、普通に面白くラストへ向けて引き込まれるように一気に読んでしまう良作でした。
いわゆる名探偵のロマンを感じる方なら読んで損のない作品だと思います。