21/01/02 【感想】午前零時のサンドリヨン

「魔術〈マジック〉だ」と警視はつぶやいた。「まぎれもない魔術だ」
「いいや、おやじさん、論理〈ロジック〉だ」とエラリーはくすくす笑って、
「まぎれもない論理です」

エラリー・クイーン『エラリー・クイーンの事件簿2』創元推理文庫

相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』を読みました。
学園を舞台とした日常の謎としても青春ドラマとしてもよくできた、双方のジャンルのいいとこどりに成功している作品です。

本作のヒロインにして探偵役の女子高生マジシャン・酉乃初というキャラクターが持つ魅力が、そのまま本書最大のアピールポイントのひとつになっています。とにかくヒロインとしても探偵としてもいいキャラなんですよね。めちゃくちゃかわいい。

ヒロインとしての魅力は下のあらすじを見てもらうとして、探偵としての魅力は、シンデレラに出てくる魔法使いのような"フェイ"になりたいという彼女の想いに表れています。
まずひとつは、困ってる人を助けたいという心意気。僕はこういう探偵が好きなんですよねえ。そしてもうひとつが、マジックを通じて「魔法」を使うということ。

古今東西さまざまな探偵がいますが、マジシャン探偵というのは結構前例の多いパターンです。その前例の多くにおいて、マジシャンという設定はミステリ部分の奇術趣味とのシナジー要素として活かされていました。

一方この作品では、事件の解明と解決を構造レベルで分離し、解明までは探偵で辿り着けるけれど、解決には魔法の力を使わないと辿り着けないようなつくりにしています。これによって、「マジシャンが探偵役をやる」ことの意味を確かにしています。
名探偵の論理の力と魔法使いの魔法の力、このふたつが明示的に書き分けられることでマジシャン探偵・酉野初はとても魅力的な探偵になっています。

あ、あと最近相沢沙呼はふともも作家というよりマゾミス作家だと思うと書いたのですが、すいませんやっぱり訂正しますふともも作家でした。2話目から脚フェチを隠さなくなってきます。まあ別シリーズの『マツリカ・マジョルカ』なんてふとももが探偵役みたいなもんだしな(過言)。

あらすじより下はネタバレ感想です。

ポチこと須川くんが、高校入学後に一目惚れしたクラスメイト。不思議な雰囲気を持つ女の子・酉乃初は、実は凄腕のマジシャンだった。放課後にレストラン・バー『サンドリヨン』でマジックを披露する彼女は、須川くんたちが学校で巻き込まれた不思議な事件を、抜群のマジックテクニックを駆使して鮮やかに解決する。それなのに、なぜか人間関係には臆病で、心を閉ざしがちな酉乃。はたして、須川くんの恋の行方は──。学園生活をセンシティブな筆致で描く、“ボーイ・ミーツ・ガール” ミステリ。
(東京創元社HP内作品ページより)

空回りトライアンフ

「函入りの本はどちら向きに書棚に入れても函か本のいずれかの背が手前を向く」ということを利用した、本書の中では比較的シンプルなミステリ。解明と解決の分離も最も素直な形で行われ、チュートリアルとも言うべき一編です。
あとこの頃はまだ性癖が比較的おとなしい。

胸中カード・スタッブ

酉野さんがカッコいい回。「魔法が存在するっていうこと、証明してあげる」「マダム、これはマリニが付けた傷だ、と仰ればよいのです」超カッコいい。そしてこのカッコよさが次の話の破壊力を高めたいるのだから短編集がうまい。
そしてミステリとしても見せ方や手がかりの出し方が非常にうまい回です。短編ミステリを書き慣れた作家が書くような技巧を感じます。
とにかく学校という舞台の中でミステリ的に見栄えのする謎を作るのがめちゃくちゃにうまいんですよね。目撃者や無理のない施錠によってちょうどうまい具合の密室を作ったり、机にナイフでできた傷を意味ありげな文字列にしたり。そしてその謎と解決が学園青春モノとして落とし込めるようになっているのも、マリニのエピソードに繋がるようになっているのも、とにかくパーツひとつひとつとその配置が綺麗。技巧に嘆息する一編です。

あてにならないプレディクタ

ここでライバルや強敵が出てきて今までのパターンではうまくいかなくなるのがまた短編集としてうまい。
ラブコメとしては八反丸芹華、探偵としては板倉。このあたり変化の付け方はラノベの文法をうまくインストールしてますね。芹華にハメられて酉乃の目の前で好きじゃないって言っちゃうくだり、ベタだけど大好き。

またミステリとしても、発表前のテストの点数ランキングが手帳に書かれているという謎が非常に魅力的です。それをホットリーディング/コールドリーディングと絡めて話を作りながらも、点数の謎自体はちゃんとそれに頼らず独自の真相を用意しているあたり素晴らしい。
そして上述の「解明と解決の分離」がうまく機能していることも見逃せません。今回の相手は魔法が効かないので、謎の解明はできても解決はできない。これによって「一編の短編ミステリとしては解明によって収束するが、連作としては未解決のものを残す」という作劇を実現しています。

あなたのためのワイルド・カード

マゾミス作家の性癖がまろび出てきたな…(スマイルビンタ八反丸)

ミステリとしてこの連作を読んでいると印象的なのが、酉乃がマジックの種明かしは自分のものと他人のものとを分かたず決して行おうとしないことです。
読んでるこっちとしてはカードマジックはともかく考えてること読むやつとかは教えてほしいなーとか思うんですよ。そもそもマジックにトリックがあることくらい知ってるしトリック聞いた方が楽しめるのにー、と。
でもこの話で、酉乃がトリックのタネを様々仕込んでいるブレザーを見せられると、夢から醒めてしまったようななんともいえないガッカリ感があるんですよね。ここで逆説的に酉乃の言うことが正しかったことを感じさせられる。このあたり本当に小説がうまい。

この話だけは酉乃が魔法使いだからでなく「魔法使いになろうとしているから」表現者の心理を理解し解決に辿り着けるというのが美しい。
そしてラスト、マジシャンでない酉乃本人に須川君がチャームを渡すくだりは、シンデレラが落としていったガラスの靴を持って王子様が元の姿に戻ったシンデレラを迎えにいくシーンと重なります。青春モノとしても完璧な大団円といえましょう。