23/09/08 【感想】優等生は探偵に向かない

ホリー・ジャクソン『優等生は探偵に向かない』を読みました。

大いに楽しんで読んだ『自由研究には向かない殺人』の続編です。

冒頭で、前作に引き続き探偵役となる高校生ピップが前作『自由研究には向かない殺人』の捜査をポッドキャストで公開して大人気配信になっているということが出てきて思わず電車内で笑顔になっちゃいました。本当にこの作者は面白くするのがうまい!

そう、本作は思いっきり「続編」です。
冒頭には前作の重要人物の葬儀がありますし、さらに前作でピップが挙げた犯罪者の公判が物語の重要な経糸になっています。同じ場所で、続きの時間で、あまりにも地続き。

あまりミステリの読む順番にとやかく言わない主義ではあるのですが、本作に関しては前作『自由研究には向かない殺人』の結末に関する決定的な情報が普通に出てくるという注意を書いておきます。

続編ということで前回とはまた別の過去の事件をピップが捜査するようなバリエーションを書くこともできたのでしょうが、そうはしていません。この第2作は、続編ではありますが第1作とは味わいに変化がついています。

読み口に違いをもたらす点としては以下のふたつがあると思っています。

まず第一に、前作は「過去の事件の再調査」であったのに対し今作は「現在進行中の事件の調査」であること。
前作で探偵として成功を遂げたピップは、友人から失踪した兄の捜査を「依頼」されるのです。リアルタイムで事件が進行していきます。

そして第二には、一点目とも関連するのですが、前作は「現実に高校生ができそうな探偵行為」だったのに対して今作は「現実に高校生がやってそうな探偵行為」という印象を受けました。
「知人が失踪したのですが警察は取り合ってくれません」といってネットで情報を呼びかけたりするあたり、実際にTwitterとかでも見かけますよね。より生々しい、体臭のする描写になっています。

読み口は変わっても前作で魅力的だった「現代のリアルな等身大の捜査」は今作でも健在! パーティー(飲み会)会場にいたと思われる人物を探すにあたって、パーティーでは動画を撮ってる人が多くいるのでそれを集めて映り込みを探す…なんてとっても現代的でシビれちゃいます。

行方不明になった人に対して読者が「等身大の心配」ができるというのも本書の強みだと感じました。
普段ミステリで行方不明になった人が出るとミステリ読みは普通に殺されている可能性を想定しますし「そういうもん」だと思って読むのですが、本作では「殺されている可能性」の重みが段違いに感じられます。殺されていてほしくない、その可能性から目を背けたい。

個人的に本作の一番好きなところはなんといってもラスト。
前作が「優等生が優等生探偵になる」話だったのに対して、今作は「優等生が『探偵』になる」話だったと思っています。
「今どき無敵の女子高生は、探偵だってやっちゃうんだから」といわんばかりだった前作のピップが、無敵の属性を失って現代の探偵として戦うことを突きつけられる。

前作では僕の一番好きなミステリであるP・D・ジェイムズの『女には向かない職業』の香りを感じて大いに興奮していたのですが、本作からはその続編である『皮膚の舌の頭蓋骨』の香りを覚えました。それも強く。
結局『皮膚の舌の頭蓋骨』の続編は出ることがなかったのですが、なんと本作には続編があるんですよ! こんなに嬉しいことがあろうか!!

あらすじより下はネタバレ感想です。

高校生のピップは、友人から失踪した兄ジェイミーの行方を探してくれと依頼され、ポッドキャストで調査の進捗を配信し、リスナーから手がかりを集めることに。関係者へのインタビューやSNSも調べ、少しずつ明らかになっていく、失踪までのジェイミーの行動。やがてピップのたぐまれな推理が、恐るべき真相を暴きだす。『自由研究には向かない殺人』に続く傑作謎解きミステリ!

優等生は探偵に向かない - ホリー・ジャクソン/服部京子 訳|東京創元社

ここからネタバレ


イギリスってそんなにヤクの売人多いんですか??

いや、すいません、一言目に書くことじゃなかったですね…。

前作でピップが探偵行為のまねごとをするときに周囲と生じていた摩擦(捜査対象から嫌がられたりあしらわれたり、脅迫を受けたり)って「小説の中の探偵」も受けているもので、こうした摩擦が「小説の中の探偵みたいなことをしている」という雰囲気を盛り上げていました。
一方で今作でピップが遭遇する摩擦は「ネットで叩かれる」なのでそういう雰囲気はなく、「ただただヤな感じ」。

正直読んでいる途中はこれが僕の中で原作に比べてイマイチだなあと感じていたんですけど、最後で評価が変わりました。
本作の終盤でピップは心に大きな傷を負うわけですが、それは「終わりよければ全てよし」でうやむやにされず、はっきり傷跡を残して幕を閉じます。この終わり方によって、上述したような生々しい摩擦の擦過傷もピップという一人の探偵を形作る傷跡のひとつとして、彼女が負って立つべきものの一つとして組み込まれた――つまりただの雰囲気作りではもはやなくなったわけです。今作の終わり方はかなり好きですね!

特に「優等生」という属性は前作からずっとピップに付いていたものだったのですが、停学処分を受けたことでそれが剥がれるあたりのドラマは強烈でしたねえ。僕は前作でも家に忍び込んで証拠を探そうとするときに怖すぎて一旦本を閉じちゃうぐらいヒヤヒヤしたんですよ。

ただやっぱり前作のようなワクワク感がなかったのは事実で、その点で読み進みは遅かったですね。
最初は「めっちゃ面白!」と思ったピップが『自由研究には向かない殺人』の捜査をポッドキャストに公開しているという設定ですが、それが設定でなく作中で実際に起ったこととして描写が重なっていくにつれて、こう…ピップに対する角度が斜めになっていくというか、真正面から感情移入できなくなっていったというか…。
というのも、この自分の捜査譚を実名でネットに公開!というのがあまりにも「自分なら絶対にやらない」もので、なおかつ「やってる人を見たらちょっと引いちゃう」ものなんですよね。
解像度が上がれば上がるほど、リアルに見てしまう。そしてリアルに見てしまうと、このような「引き」の感情が出てきてしまう…。というわけで前作ほど素直に乗れなかったかも。

というわけで「600ページのあいだ一度も退屈しなかった」前作と比べて「最後の締め方で一気に巻き返す」今作、という評価です。
どっちが好きか選べと言われたら好みは前作かな! でも前作を読んだ人には自身を持って今作も勧めます!