22/03/25 【感想】透明人間は密室に潜む
阿津川辰海『透明人間は密室に潜む』を読みました。
『2021本格ミステリ・ベスト10』で国内部門第1位に輝いた本書ですが、受賞も納得の出来でした。
どれも短編本格ミステリとしてハイクオリティなものに仕上げつつ更にプラスワンの華やかな魅力が備わっていて、粒ぞろいの短編集になっています。
どれも完成度が高いのですが、特に「六人の熱狂する日本人」「盗聴された殺人」には作者のミステリ作家としての「巧さ」を感じました。
あらすじから下はネタバレ感想です。
ここからネタバレ
透明人間は密室に潜む
「透明人間が存在する世界での殺人」という特殊ルール本格もの。
倒叙方式を組み合わせ、殺人を計画する側、捜査する側の双方から透明人間が存在する世界ならではの要素をとにかくしゃぶり倒します。
個人的に特殊ルール本格は「読者がそのルールに"入り込んで"自分で考えだしたら"勝ち"」だと思っているのですが、がっつり勝たれちゃいましたね。
最初に提起された、なぜ犯人(倒叙パートの視点人物)は透明人間化を"治療"する研究を行う教授を殺害したのかというホワイダニットがまさかの真相に結びつく構成が見事。
六人の熱狂する日本人
簡単な事件と思われた殺人が、裁判員の陪審中に覆っていく話。アイドルオタク達による「ドルオタ知識」によってどんどん証拠が「再解釈」されていき、思わぬ推理に結びついていくさまが面白いです。
普通にやるとこれを「『アイドル探偵』や『ドルオタ探偵』がその知識を使って警察には出来ない推理をする」みたいなミステリに調理してしまいそうなところを、「十二人の怒れる男」ライクな密室劇に仕立て上げ数段魅力的なものにしたところに作者の並々ならぬセンスが感じられます。
コンサートライトのダイイングメッセージはそのアイデアだけでも非常に面白いのですが、殺されたドルオタ男がとっさに犯人を示そうとするメッセージとして非常に説得力がありますし、犯人がその証拠を隠滅するのもそれが再発見されるのもダイイングメッセージのミステリにおける実装として実によくできています。教科書に載せたい、お手本のようなダイイングメッセージの使い方だと思います。
盗聴された殺人
「音の手がかり」特化でここまでしっかりした作りのものが出てくるんだなぁ。足音が一定の大きさであることから盗聴器の仕込まれたテディベアを「抱えて歩いていた」ことが導かれるの手がかり推理クイズとしてあまりに気持ち良い。
普通の手がかりではなかなか難しい「犯行現場の誤認」が音の手がかりだからこそきれいにキマッているのも、それによって手がかりの意味がガラッと変わるのも本当に出来が良い。そしてその手がかりが視野の外にいた関係者を"名指し"してフーダニットとして完成する手際なんて黄金時代に書かれていたら歴史に残る短編になっていたんじゃないでしょうか。
手がかりロジックのフーダニットとしてべらぼうに完成度が高く、これも教科書に載せたくなっちゃうな。
第13号船室からの脱出
色々な小技が詰まった、アソートパックのような話で楽しかったです。
実際に「脱出ゲーム」として見ても、カジュアルプレイヤーは簡単に「謎が解けた快感」を味わうことができ、さらなる刺激を求めるプレイヤーにはよりハイレベルな真相に辿り着く余地が残されているという巧いレベルデザインになっているのではないかと思います。実際に脱出ゲームとして公開されたとき真相に至れる人は果たしているのだろうかとか考えちゃいますが、一泊二日あれば案外思いつく人がいるのかも。
誘拐されてカイトと同じ部屋に閉じ込められていたスグルがなぜか両手フリーでカイトが目覚めるのを待っていた時点で怪しすぎるので何かしらの黒幕であることは早々にわかるのですが、それがちゃんと回収される最後のどんでん返しはやはり心地よいです。
あとがき
阿津川先生、アイマスPだったんだ…。道理で「六人の熱狂する日本人」を読んでて妙に話が通じるわけだ。