【ひきこもごも】中1〜ヒキコモリ突入

中学生に上がってまず野球部に入った。
経験は無かったが、小学生の頃によく友達とキャッチボールをして遊んでいたのでその延長の感覚で入部した。
140cmの6〜70キロ位のデブだったので辛く苦しかったがそれなりに楽しめてたような気もする。
しかしレギュラーだとか試合に出たいとかの思いはなく、あくまでやりたいのはキャッチボールとバッティング。
練習も新入生の様子見メニューから次第に厳しくなっていったのでどんどん着いていけなくなった。
入部から少ししてユニフォームや道具の購入用プリントが配られた。
母子家庭で家には余裕が無かった為にユニホームや道具をすぐには買ってもらえなかった。
そうなると周りがユニフォームを着てる中で俺だけが体操着で練習する事になり凄く恥ずかしかった。
そんなこんなで練習の辛さと恥ずかしさで二ヶ月も持たずに野球部を辞めようと決心する。
しかし決心するまでは親に何の相談もしていなかった為に残念なすれ違いが起きた。
なんと母親に辞めたいと言ったところ丁度ユニフォームや道具を申し込んでしまっていた。
お金も既に支払い済みですぐにでも届くとの事。
母親は折角買ったんだからもう少し続けなさいと言われた。
しかし俺の心はもうポッキリ折れてるどころか辞めたら毎日遊んでゲームもできると既に辞めた後の楽園を思い浮かべて折れた棒をぶん回してるような状態だった為にもう一度頑張るなんて事は天地がひっくり返ってもしたくない。
だがユニフォームや野球道具の購入費用には10万円近く掛かる事も知っていた為に母親の説得を断り切れずに最終的に続けると言ってしまった。
行きたくない本音と母親のしてくれた事を無駄にしたくない建前とがバチバチと殴り合いの喧嘩の末に俺は逃避を選んだ。
まずは部活を仮病でサボるようになる。
母親にはすぐには連絡が行かなかったが流石に一週間二週間とサボれば顧問から連絡が行った。
ある夜に母親にちょっと話があると言われる。
「あんたあれから結局部活行ってないって先生から連絡来たけどどういう事?」「続けるって言ったんじゃないの?」「あんたアレいくらしたと思ってるの?」「〜さんにお金借りてまで買ったんだからね?」
当時の俺のキャパを越えてしまった。
そこから俺は辞める以外の言葉を言えなくなった。
何を言われても「辞める」母親が泣いても怒っても「辞める」
説得も糞もなくただ意思による結果だけを伝える事しか出来なくなった。
今にして思えばここが母親とのコミニュケーションが出来なくなったきっかけだったと分かる。
分かったところでその当時もこの時点ではこれ以外にはどうしようもなかった気もするが、もう少し自分の考えや気持ちを吐露しておけばあそこまで拗れる事はなかっただろう。
これ以降俺は何を言ったところで結局分かってくれる事は無いと決め付けて自分の人生から相談という選択肢が丸ごと無くなってしまった。
自分で考えて自分で決める。
幼く未熟な糞餓鬼が取るにはあまりにも愚か過ぎる選択である。
未だに自分の事となるとロクに相談する事が出来ないのだから本当にどうしようもない。

そうして結局母親も匙を投げるように「もう知らないから勝手にしなさい」とこれ以降俺に対しての母親のスタンスは自己責任へと変わる。

そうしてある意味の自由を得た俺は部活を辞めて友達も居なかった為に学校が恐ろしく詰まらなくなり、生来の夜更かしと寝坊癖のお陰で学校も3限か4限から出るようになり、それも次第に給食を食べてそのまま帰ったり、給食だけ食べにきて帰ったりなど、そんな事をしては教師と喧嘩して、持ち前の糞餓鬼ぶりを発揮して嫌われ終いには「学校は給食食う場所じゃなくて勉強する場所だからそれができないなら来なくて良い」と言われ「じゃあ来ねえよ」と学校にも行かなくなった。

こうして晴れて…いや曇りてヒキコモリ生活へと突入するのであった。

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