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オーシャン・フロント

電波が無くなったらそこがわたしたちのオーシャンフロントだよ、ときゃらきゃら笑う。
男の子たちはいつも戸惑っていて、わたしはなんであなたが戸惑うのかわからない、という顔でひとりはしゃいでいた。そうね、せっかく海が見える部屋を選んでくれたのに、こんなおかしな女を連れてきてしまったこと後悔してる?後悔してほしい。部屋に入った途端電波が弱くなったのも、あなたの目線が緩んだのも、ひたすら波に耳を傾けたって、一向にさざめきが聞こえないことも。全部後悔してください。

あの女と出会ったのが俺の人生最大の汚点だ、って言われる女になりたい。そう思いはじめて数年後、ついに念願の瞬間に立ち会うことができた。「出会わなきゃよかった」と言われた。向けられた瞳がすりガラスのように曇っていて、ああ、この人はわたしを見ていないし、わたしはこの人を可哀想だとも思えないのね。と悟って、数秒後に笑ってしまった。やけに広いこの部屋を選んだのには理由があるのだろうか、わたしが以前海が好きだといったから?ごめんなさい。あの時は好きだったけど、今は別に好きじゃありません。

わがままだと笑うでしょうか、あなたらしいと泣くでしょうか、「自分の感情に優しいあなたは、とても素敵な人だね」とだけ告げた。彼はよくわたしをモデルに曲をつくり、そのたびにわたしを呼び出した。海が見える広い部屋で、彼の音楽を聴いている数分間にわたしは圧迫されていた。彼は私に出会わなければよかったと言う、でもわたしもあなたが怖かったよ。自分を削りながらわたしを書き留めるあなたが。やけに広いこの部屋は閉塞感に満ちている。またね、もさよなら、も言わなかった。

部屋を出ると、ようやく海がきこえた。