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映画『花束みたいな恋をした』レビュー あなたが選ぶのはトイレットペーパー、ジャックパーセル、それともワニを恐れる気持ち?

あなたは無人島行きを余儀なくされ、何か1つだけモノを持っていけるとしよう。駅前のドラッグストアに売っている何の変哲のないトイレットペーパーか、もしくは定番なデザインながらトゥに「ヒゲ」のようなワンポイントデザインが入ったコンバースのジャックパーセルか。どちらを選択するのもあなたの自由だが、どちらか一方しか得ることができず、選択しなかったもう一方は得られなくなる。あなたはどちらを選ぶ? ―――映画「花束みたいな恋をした」(以下、「はな恋」と呼ぶ)は、恋愛は往々にしてそういった決断を迫られることを考えさせる映画だ。

内容は至ってシンプル。都内の大学に通う大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)は共に終電を逃してしまったことで会い、共通の趣味が多いことから意気投合する。そこから恋に落ち、そのまま同棲をした後別れ、ひょんなことから再会する物語だ。あらすじだけをつらつら書くと、他のラブストーリーと大差ないように思える。そんな「はな恋」には他の恋愛映画と一線を画す点がある。

それは麦と絹の共通の趣味である、決してメジャーとは言えない「サブカル」な趣味群だ。2人は今村夏子の「ピクニック」の文庫本をリュックサックのポッケに入れて持ち歩き、真っ白のジャックパーセルを履いている点も一緒、好きなお笑い芸人(天竺鼠!)や尊敬する映画監督(押井守!)まで一緒。どちらかというとサブカルオタクと呼べるマニアックな趣味を持つ2人だが、大学ではイケイケな友達たちとも仲良くできているようで、コミュ力は高そう。ここが非常に巧妙で、社会には「イケてる普通の男女」のカテゴリーに属すようにしているのにも関わらず、心の内で本当に好きなのはきのこ帝国やゴールデンカムイなどの大衆的にはいえないカルチャー。流行りの靴を履いて西麻布を闊歩していながら、かばんの中には入っているのは昔から使っているセーラームーンの化粧ポーチ。こういう女子にはめちゃくちゃ刺さる。

テレビの街頭インタビューで、「将来の夢はお嫁さんになることです」と答えている女子小学生が多かったことに驚いたことがある。年齢を重ねると、どうしても結果にこだわる恋愛に走りがちだが、若かりし頃の恋愛は必ずしもそうではなかったはず。麦と絹の恋愛における価値観の変化は、仕事に追われて余裕がなくなっている20代以上の女性には心地よいノスタルジーを思い起こしてくれるはずだ。

春休みに突入したばかりの女子大学生で押し寄せた映画館からの帰り道、クールを体1つで体現したような男友達が好きな人ができたと水たばこをくゆらせながら話してきた時のことを思い返した。好きになった女性はどんな人なのか、と私が訪ねると「どれだけ酔っていても、横断歩道の白い部分の上しか絶対に歩かないところ」だと彼は答えた。その女性は、
横断歩道の黒縞部分にはワニが潜んでいるよ、と両親に冗談っぽく子どもの頃言われており、それ以来なんとなく黒縞部分は避けて横断歩道を渡るようになってしまったという。幼少期に父の転勤に伴ってアフリカに住んでいて、人がワニに襲われたというニュースを見ることがあったという友人は、女性が続けるこだわりに共感した結果恋に落ちたようだった。恋愛の始まりはささいな共感から始まることが多いのだ。

ただ、ワニを恐れるという共通点は恋愛を続ける原動力にはならないだろう。東京に住む私にとっては、ワニよりもいつの間にか不法侵入しているゴキブリの方がよっぽど怖い。仮にワニを恐れる気持ちに共感して付き合ったとしても、彼氏がゴキブリを退治できる器量がなければ冷めてしまうかもしれない。この場合、必要なのはトイレットペーパーでもジャックパーセルでもなく、必要なのはちゅうちょなくゴキブリを排除できるたくましさだ。

「いつ結婚するの?」恋愛の行き着く先ばかりに注目してしまう20代オーバーの男性女性諸君にとっては、「花束みたいな恋をした」はする必要がなかった、時間の無駄だったと思ってきた恋愛を正当化するきっかけになる映画だ。その感覚は間違いなく見る人を選ぶだろうが、勇気を出して映画館に足を運んでみてはいかがだろうか。


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