側溝のうえの麺と貝をまたいだ

　側溝の上の麺と貝をまたいだとき、暑い、といまさら思った。でもこの暑さが空気の持ちものなのか通行人大勢の持ちものなのか解らなかった。今日は何日か続いたお祭りの最終日だ。その夜だ。もうすぐお祭りが終わろうというタイミングだ、が、往来は途切れない。

　会場には、香ばしいとも形容しがたい、ほのかに腐ったような甘いにおいが満ちており（本来は香ばしいだけのにおいをマスクが変換しているのか）、かつ、運営者の最後のあいさつが響いている。わたしはスーパーを目指しているので、あいさつは聞かないで、通行人らのからだに触れないようにして、ときどき立ち止まりながら、警官の誘導に従いながら、ベストが点滅する警官と点滅しない警官の違いをぼんやり思った、か、思わなかったか、よく解らないけれども、人たちのすきまを抜けていく。　

　昼に見舞ったばかりの病院を通りすぎる。わたしはもうすぐ身近な人を亡くすことになっている。なにかを責めたい気もするし、今後ずっとなにひとつ責めたくない気もする。

　飲み屋の前に臨時で設置された売り場、の店番がかすれた声を上げており、この人の声はこの数日のどこからかすれていたのだろう、もとからかすれていたのだろうか、仮にもとからだとして、でも生まれつきというわけではなく、たとえば応援合戦、あるいは取っ組み合いなど、ある時点にきっかけがあったのかもしれない、と考えているのかいないのか、漫然と会場近くを歩くわたしの目が、停車した何台ものパトカーを捉えたとき、もしさ、今日がお祭りじゃなかったら、どうしてパトカー、どうしてパトカーが何台も停まってるのだかね、と疑問を感じたはずだけどさ、今日はお祭りなのでね、疑問は感じないのだね、とわたしが思ったのか、誰かが口にしたのか。　

　通行人らは、帰りの飛行機の話をしたり、いまごろになって知り合いに出くわして小さく手を上げあったり、横断歩道の途中で手を振って別れたりしていて、でもみんなきっと汗で汚れており、確実に暑がっており、転ばないように踏ん張っており、実際のところ、そんなにみんな笑っていなかった。とはいえ、だからといってみんなしんどい一方ではなくて、たしかに楽しいといえるはずだ、そのさまを会場の香ばしくも甘ったるいにおいになぞらえてもいい、わたしはしないのだけれども。

　パトカーを通りすぎしばらく進んだところで、何台かの消防車が目に入り、消防車かあ、お祭り会場には消防車が待機するものだったろうかあ、と疑問が湧いてしかるべきなのかもしれない、が、大変な火災があっては大変なので、消防車がいてもおかしくはないのだった。

　消防車の横を通りすぎる。二人連れがこちらにやってくる、その片方がもう片方の頬に触り、何度も触れたことがあるのかもしれないし、今日、初めて触れたのかもしれない、今後も触れていくのかもしれないし、今日が最後になることもあるはずだ、明日には触れられたことを忘れているかもしれないし、何年もしてから触れたことを思いだすかもしれない、と、わたしは考えることもできたのだが、別にしなかった。そして二人の手には透明なパックがある。このふたりがさっきの麺と貝をこぼしたに違いない、とわたしは感じた気もしたが、位置的にありえないので、ということはわたしは、このふたりがこぼしたのだ、などとは感じなかったのかもしれない。

　角を曲がったところで、背の高い植木が目に入る。その枝に消防士が放水している。もうすぐお祭りが終わるところなので、このまま水を保っておいても無意味、ということで、水をかけてしまおうということなのだと思った。たぶんこの考えはまちがいだ。でも誰もまちがいを指摘しなかったし、そもそもこの考えが公共に開かれているのか、鍵で閉じられているのかもあいまいでして、つまり気にしなくていいのである。　　

　スーパーに着いた。浴衣の大勢がトイレに並び、それぞれ携帯で、暇をつぶしたり、警官のベストに関する疑問をＸへ投じたり、身近な人へのやさしい言葉を慎重に推敲したり、している、その横をすぎて、サラダなりカレーメシなりを買って、あとは帰るのみだ、暮らしに戻るのさ、TVerを観ましょう、そのためにとっとと購入品をエコバッグへ移しましょうね、というとき、わたしの目的地のサッカー台から、毛先だけ真っ赤な長髪の人が離れていった。その人はお祭りを終えた人かもしれず、あるいはお祭りを横目に暮らす人かもしれないのだが、いずれにせよ、これから生活に戻って、ひとりで今日のお祭りの録画を観る、もしくは厄介な誰かに焼きそばを作る、とかの行為をし、どちらにしてもそのときのその人の赤い毛先は赤いと思う、その赤みがその人の思った通りの赤みならいい。

　で、その人のからだはまたいろいろな行為を繰り返して、おそらくはまた心ともども次の面倒に向かっていくのだろうが、それが何。