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ヒコーキ

 たそかれの時間に西の空を見上げると、オレンジの夕方と藍色の夜が、くっきりと、きれいに、まるでフロートカクテルみたいに、二層を作っていることがあります。それらは混ざることなく、藍色がじわじわとオレンジを押し下げ、身応(やが)て、電柱に灯りが点ったり、車の目が光ったり、気がつけばまわりは夜ばかりになっていき、そのステキな時間は過ぎていきます。これはもちろん、いつでも見ることができるわけではなくて、ふと、人生のおまけとして、たまに僕らに訪れる幸運な時間なのです。

 さらに、僕達にラッキーがあれば、そのような、ひととき現実を忘れてしまう隙間の時間に、ひとすじのヒコーキ雲が垂直に天をよぎることがあるでしょう。
 まるでジッパーを下げるみたいに、僕は、空が見事に半分に分かれていくのを見たことがあります。ヒコーキ雲を一条にするオレンジ、街を蓋する藍色。ファンタジーはいつも現実の中にあるのだと気がつきます。


 仕事にグルグルと巻かれている僕は、普段、完全にオフになることがなくて、何をしていても、結局は、ゆるくアイデアのインプットをしています。
 フライパンを振っていても、次の電車が来るのを待つときも、久しぶりに神楽坂の外に出たときも、タクシーの四ツ辻で夕焼けを見上げるときも、五感の刺激は脳の奥底に整理されないまま放り込まれて、心地よくもありますが、ゆるい万力に挟まれたようなストレスを僕にくれます。
 そして日常はどこまでも日常で、新宿から箱根に行っても、丸ノ内から京都に行っても、やはり僕はインプットの生活を続けてしまうのです。


 ヒコーキは、僕の生活を瞬断してくれます。
 面倒な手続きを経て、僕の居場所が決まり、シートに押し込められて、ベルトが僕をつかまえて、やっと、ようやく、地面から離れることができます。そのプロセスが、僕に日常をひととき忘れさせてくれるのです。
 僕が非日常を感じるのは、強くヒコーキの座席の上です。そして、ヒコーキ雲を見上げると、とても前向きな気分で日常を送ることができるのです。

「次は僕がそこにいくよ、順番だからね」と思って、僕はヒコーキを見上げているのです。



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#飛行機

この文章は、「同時日記」という「同じ日に同じテーマで文章を書こう!」という内輪の遊びのために書かれた文章です。
文章を書くのって楽しいですね。

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