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文化比較の入れ子構造

つらいつらいと言う、そんな男の近くにいる女の子が一番つらいよね。なんて、ポリティカル・コレクトネスでも、保身の弁証でもなく、僕は本心から思うけれども、今したいのは、そんな野暮な話じゃないんだ。
僕は、映画「男はつらいよ」が大好きなんだってことだよ!

参考:
https://www.youtube.com/watch?time_continue=2&v=a_iW0rFYzuA
(第12作 男はつらいよ 私の寅さん トレーラー)

父の話す東京の言葉とおんなじ調子が、はじめて銀幕から聞こえてきたときはおもしろかった。小津安二郎のフイルムもそうだけれど、昔の映画の話し言葉は耳によく馴染む。寅さんの地口はリズムがよくって、おいちゃんの啖呵は気っぷがよくって、聞いてるだけでわくわくした。

僕にとって、この映画は基礎教養なんだけれども、そんなマイノリティの戯言は川に流してしまえばいい。先ほど、打ち合わせで話していたら、「男はつらいよ」の話題になった。そして、もちろん彼女は寅さんを観たことがないという。あらま。

「スター・ウォーズってどれから見ればいいの?」
「ジョジョってどこから読めばいいの?」
仰る通りで、ご尤も。物語が長く続いていくと、最初から入るのが困難になってしまう。そんな時に、「ヘイ、ガールズ、そのレベルかよ?」なんて言うやつは、俄(にわか)でまったくつまらない。本当に作品を愛していたら、むしろ興味を持ってくれる人のガイドになるべきだ。
(ちなみに、僕はスター・ウォーズはエピソード5、ジョジョは第4部からオススメする。うん、文句があるのは分かってるよ。でも、悪いね。今は議論の気分じゃないんだ)

一度も「男はつらいよ」を観たことがない人が、最初に観るべき作品は何か?
悩んだ末に、僕は「寅次郎心の旅路」(第41作)を薦めると思う。
それは「男はつらいよ」が文化比較の入れ子構造になっていて、本作はそこがとても分かりやすいからだ。

第41作 寅次郎心の旅路
寅次郎     下町・アウトサイダー
とらやの面々  下町・インサイダー
マドンナ    山手・インサイダー

さて、これをみると、なぜ「とらやの面々」と「寅さん」が喧嘩をしているのか、そして、なぜ「マドンナ」と「寅さん」の恋が実らないのかがよくわかる。

「労働者諸君!」と朝日印刷の職工諸兄に声をかける寅さんはアウトサイダーだ。毎日お店をあけて、まじめに働く内側の世界(インサイド)とは違う場所にいる。だから摩擦が起こる。しかし、下町という地縁・属性では固くつながっていて、それが、何度も寅さんを旅先から柴又へと帰ってくる動機となっている。

そして「マドンナ」と「寅さん」の恋が実らないのも自明だ。
だって「山手/下町」「インサイダー/アウトサイダー」と、両者に重なる部分がないもの。

マドンナが「下町・アウトサイダー」という属性のパターンも存在するが、比較文化の入れ子構造は、さらに要素を増やして、こんどはエリアというカテゴリが加わる。たとえば、第27作のマドンナ「ふみ」がその好例だ。

第27作 浪花の恋の寅次郎
寅次郎     東京・下町・アウトサイダー
とらやの面々  東京・下町・インサイダー
マドンナ    大阪・下町・アウトサイダー

都と鄙、中央と地方、東京とローカルの対比も、もちろんおもしろい。寅さんの東京の言葉と、地方の方言の対比もいいんだよなあ、この映画。ゴジラが大阪城を壊せば梅田の映画館が満員御礼になるように、寅さんが僕らの街にくるってだけで、そりゃあ観たくなるよね。
(ネットが映像を配信する前の興行としての要素についての論考も、とてもおもしろいけれども、それはまた別の話)

第21作「寅次郎わが道をゆく」のマドンナ紅奈々子も、属性としては「東京・下町・アウトサイダー」なのだが、作中で「東京・下町・インサイダー」の照明技師と恋仲になっているため、次点となる。

「お兄ちゃん、一緒になるならリリーさんしかいないのよ!」
最終第48作「寅次郎紅の花」のコピーの通り、寅次郎と重なる属性を持つマドンナはリリーしかいない。

第25作 寅次郎ハイビスカスの花
寅次郎     東京・下町・アウトサイダー
とらやの面々  東京・下町・インサイダー
リリー     東京・下町・アウトサイダー

僕と同じく「男はつらいよ」を好きな同輩諸君なら共感してくれると思うのだけれども、今でも、寅さんはリリーと沖縄で暮らしているような気がするんだ。

女の子と付き合うと、彼女の人生を半分もらったような気持ちになる。もちろん、僕の人生も半分あげるつもりだ。カルチャーの交歓、それが恋の一番大きな成果かもしれない。恋が実るときはいろんな入り口があると思うけれども、文化比較の入れ子構造が重なるとき、僕はそれがとても大きなジャンプになると思っている。

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