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ダンスを踊る原子炉

 美しい海と、どこまでも続く松林。その近くに、小さな村がありました。
 この村の住民は、みんな動物たち。
 貧しいけれど、なかよく平和に暮らしていました。

 ある朝、村にいちばん多く住むヒツジたちが砂丘に出てみると、まっ黒いものがキイキイ音を立てながら、うじゃうじゃうごめいています。
 そうっと近づいてみると、ネズミの大群が地面を測量していたのです。
 ヒツジたちが驚いていると、「みなさん!」という声がして、一匹の背広を着たネズミが出てきました。
「びっくりさせて、もうしわけありません。私たちは、ここに原子炉をつくるために来たんですよ。いま、どのあたりに建設するか、調べているところです」
「原子炉ってなんだべ?」
 一匹のヒツジが代表して言いました。
「いままでは火力や水力で電気をつくってきたのですが、これからは、原子りょくで電気をうみだす時代ですよ」
 原子りょくと聞いて、ヒツジたちは驚きました。
 この前の戦争で、この島国に原子爆弾が落とされて、まだ20年ほどしかたっていなかったからです。それに、遠い南の島でのアメリカの水爆実験によって、まぐろ漁をおこなっていたこの国の漁師さんたちが、死の灰をあびて亡くなったというニュースが、新聞やテレビで報道されたばかりでした。

「そんな物騒なものは、この村にいらねえだ」
「そうだ、そうだ、原子炉をつくるなんぞ、認めるわけにはいかねえだ」
 村の有力者であるキツネや、タヌキ村長も出てきて、口々に言いました。
「原子りょくは怖いものではありません。それに、原爆や水爆とは、ぜんぜん違うものですから」
 ネズミの親方は言いわけをするのですが、村の動物たちは聞こうとしません。
「どこが違うだ。同じように放射のうをまき散らすじゃねえだか」
 動物たちの反対の声は増すばかりです。
 ネコの漁師さんたちも、「おらたちの海をよごすのは、許さねぇだ」と、せん団を組んでさわいでいます。
 これには、ネズミたちも頭を抱えてしまいました。
 やむなくネズミの親方は、この村の出身で、国会議員になったえらい先生のところへお願いにいったのです。
「よしよし、わかった。わしがみんなを説得してやろう」
 大きな体のクマさん議員は、すぐに村に凱旋しました。
 そして、みんなの前で演説をぶったのです。
「ぜひ、原子りょくをお引き受けなさい。みなさんも発電所で働くようになれば、畑をたがやしているよりもずっとお金になります。豊かになれるのです。村に発電所ができるのは、泥田に金のたまごを抱いた鶴が舞いおりるようなものです。それに、もし断ったら、こんなうまい話をよその村にとられてしまいますよ」

 村の出世頭であるクマさん議員の話を聞いて、タヌキの村長や、商売をしているサルやシカたちは賛成するようになりました。
 しかし、まだ「放射のうはこわい」という村の動物はたくさんいたのです。その多くが、畑をたがやしているヒツジたちでした。そこでネズミは、都会から有名な学者をよんで説明会をひらきました。
「これからは、ロケットで宇宙へも旅立てるような時代がやってきます。科学の進歩は日進月歩でありますから、いま危険だと思われている放射のうも、あと10年もすればスプレーをかけただけで無害になるクスリが開発されますよ。そうすれば、放射のうでガンになるという迷信も、笑いばなしで語られる日がすぐにやってきますから」
 ヤギの学者は、自慢の白いひげをなでながら、おごそかに説明しました。
 こんな子どもだましのはなしでも、ほとんどの村の動物たちが信じてしまったのです。
しかし、ネズミの呼んだ嘘つき学者の話を、すべての動物が信じたわけではありません。それにネズミたちは、原子りょくに疑問をもつ学者を呼ぼうとはしません。
「村の衆、だまされちゃなんねえだ。原子りょくは、いずれ村に不幸をもたらすようになる。だから、わしらの村に誘致するのはやめたほうがええだ」
 砂丘の村は、推進派と反対派にわかれて対立することになりました。

 すぐに、ネズミたちによる反対派の切りくずしがはじまりました。
 タヌキ村長や有力者のキツネたちに豪華な料理やお酒を大ばんぶるまいです。最初は遠慮していたタヌキやキツネたちも、回を重ねるごとにずうずうしくなっていきました。仲間とお酒を飲みにいっても、さてお勘定となると、ネズミを呼ぶのです。
「ネズミさん、飲み代をよろしく頼むよ」
「はいはい、どうぞどうぞ」
 すっかりお勘定を払ってくれるのです。
 一部のヒツジたちも接待されるようになりました。そうすると、危険だとうったえる声をあげることもできなくなります。

 それに、村の土地を、ネズミはすごくたかい値段で買ってくれました。海で魚をとっていたネコたちにも、たくさんのお金が支払われました。その結果、ネズミに対してなにも言えなくなったのです。わずかに残った反対派のヒツジたちも、村の動物たちから相手にされなくなりました。

 1号機の建設がはじまりました。
 しかし、砂丘を掘っても掘っても、指でかんたんにくだけてしまう軟弱な砂のかたまりばかりです。固い岩盤など、どこにもありません。
 工事責任者のイタチがそう報告すると、親方ネズミは顔をゆがめて答えました。
「いまさら、地盤がよわいなんて言われても困るんだ。たかいお金を払って土地は買ったし、ネコたちへの補償もおわっている。固い岩盤がないのなら、あることにすればいいじゃないか」
「固い岩盤があることにするのですか?」
「そうだ、なんとかしてくれ」
「データの偽造ですよね?」
「犯罪みたいな言い方はよせ。ほんの少し改ざんするだけだ」
「わかりました。なんとかしてみます」
 とうとう1号機が完成しました。

 その数年後、このあたりに大地震がおそう可能性がたかいと学者が発表し、大さわぎになりました。その学者とは、スプレーで恐ろしい放射のうが退治できると嘘をついた、恥しらずなヤギさん学者ではありませんでした。
「そんな話はデタラメだ。大地震なんかくるわけがない。もし、被害に遭うようなことがあっても、20年後か30年後だ。そのころには、わしらは引退している。だから、たとえ大地震がきても関係ない」
 ネズミの親方は、キイキイ叫んで言いました。
「大地震がくると騒いでいる連中は、接待づけにして黙らせろ。そして議員たちには、大金をばら撒け!」
「どのような名もくで買収しましょうか?」
 ちょうどそのころ、村会議員の選挙がおわったばかりでした。
「当選議員には、祝い金をわたすんだ。いいな」
「いくらほど?」
「こんな田舎の老いぼれ議員どもには、500万も渡せば充分だ」
「500万円ずつですね。わかりました」
「それからタヌキ村長には、1千万円包んでやれ」
「かしこまりました」

 お金をばら撒いたせいで、村長も議員も口にふたをしてしまいました。そして砂のうえに、2号機、3号機、4号機と、どんどん建っていき、とどまることを知りません。
 がたがた道はアスファルトの道路に変身するし、りっぱな公民館や運動場、図書館やプールなどもでき、それに土地をうった者たちはおおきな家を建て、ちいさな村は見違えるように豊かになりました。
 村は豊かになったのですが、原子炉が増えていくことに、多くのヒツジは不安をいだいています。しかし、それを口にできなかったのです。
 口にすれば、村八分にされてしまいます。それに、近所の動物たちとの関係も悪くなります。

 原子炉が4基も設置されたせいで、たかい排気塔からはいしゅつする放射のうの量が増えていきました。最初のころは動物たちの健康を考え、陸から海に向かって風が吹いているときだけ出していました。
 でも、徐々にネズミたちの配慮はなくなり、青く澄み切った村の空に向けて、いつでも害のある放射のうをばら撒くようになったのです。
 それに、1基だけで毎秒80トンという大量の温排水をほうしゅつするものだから、海水の温度が異常にたかくなりました。海草が取れなくなり、見たことのない魚が排水口にたくさん集まりだしたのです。

 そのなかには、目の白くにごった魚や、背骨の曲がった魚もいました。
 陸では、桜の花やツバキにも奇形が見られるようになりました。
 それに、村の空や海がよごされることによって、ガンを病むヒツジたちが増えていったのです。しかし、ネズミは、放射のう汚染とガンの因果関係をみとめようとはしません。

 さらに5号機もつくろうとしました。でも、もう土地がありません。
「4号機のとなりに資材置き場があるじゃないか。あれをつぶして建ててしまえ」
 親方ネズミはほえました。
「あそこは、昔、沼地だったという言い伝えがありまして」
「いいじゃないか、沼だって」
「しかし、大地震がきたら……」
「まだ、そんなことを言ってるのか。地震なんてくるわけがない」
「どうなっても、知りませんよ」

 掘ってみると、予想していたとおりでした。
 5号機の予定地の土地は、救いようのないほど軟弱だったのです。
 おまけに、活断層らしきものまで走っています。
「地盤がよわいし、断層があるようなので、基礎をしっかりと築くことにします」
 工事責任者のイタチは言いました。
「そんな必要はない。たかが地震のために、無駄なお金をかけることはまかりならん。それよりも、工事費を少しでも安くするように努力してくれ」
 こうやって5号機は完成しました。
 最初は3500億円ほどかかる予定でしたが、たったの2600億円で建ってしまいました。
 この1基だけで生みだす電力は、138万キロワットという巨大さです。

 5号機が完成した数年後、砂丘の村は震度6弱の地震にみまわれました。
 村の家々はみんな無事です。でも、もっとも新しい5号機だけは大変なことになっていました。ほかの原子炉の3倍から4倍も揺れたのです。
 そのせいで燃料プールの水はあふれ、放射のうは漏れ、多くの故障や異常かしょが発生したのでした。
 これには、原子りょくの監督をする国のお役所もびっくり仰天。もし5号機が大事故を起こせば、この島国の約4分の1が荒れはて、動物たちが住めなくなってしまうからです。

 原子炉の監督をするお役人は、さっそく都会からやってきました。
「どうして、5号機だけこんなに大きく揺れたのですか?」
 ネズミの親方は苦しまぎれに言いました。
 「実は5号機の地下に、揺れを大きくする低速度層があったからですよ」
 5号機は固い岩盤のうえに建っていることになっているので、こんな説明でごまかそうとしたのです。

 お役所は、いつもはネズミに甘いのですが、今度ばかりは見て見ぬふりはできませんでした。大事故にでもなれば、自分たちの責任になるからです。
「いますぐ、5号機を止めなさい!」
 きつく命じました。
「わかりました」
 やむなく、ネズミは命令にしたがうことにしました。
 5号機が停止して、ヒツジたちはほっとひと安心です。
 しかし、タヌキ村長やキツネたちが盛んにほえるので、仕方なくお役所は、運転再開を認めてしまいました。

 そんなある日こと、国じゅうの動物たちが心配していた大地震が発生しました。でも、それが起きたのは砂丘の村ではなく、この島のほかの村だったのです。不幸なことに、その村にも原子炉があったので、放射のうが大量にもれ出しました。
 島国の総理大臣は、砂丘の村の原子炉をすぐに止めるようにと、ネズミの親方に告げました。
 総理大臣だけではありません。この島国の、ふだんはおとなしい動物たちが、とうとう立ちあがったのです。
 島のあちこちで、「原子炉を止めよう!」という声がひびきわたりました。そのなかでも、ちいさな子どもを胸に抱いたお母さんヒツジたちが、ひときわ大きな声をあげました。

 砂丘の村のタヌキ村長は大あわてです。
「うちの村だけどうして止めるんです。危ないのは、この島国のどこの原子りょくだって同じじゃないですか?」
 同じではありませんでした。この村は、ずっと昔から大地震の危険がさわがれていたからです。でも、タヌキ村長には、大地震で原子炉が破壊されて村の動物たちが住まいを失ったり、死んだりすることよりも、村にお金が落ちなくなることのほうが心配だったのです。

「そうだ、津波をせきとめる、たかい防波堤をきずくんだ!」
 ネズミたちは、原子炉を動かしたいとばかり考えていたので、ひざを打って、その思いつきを実行にうつしました。
 ほかの村の原子炉が、津波で被害が大きくなったことを知っていたからです。完成した防波堤は高さ18メートル。美しい海はもう見えません。

 ネズミの親方は、「原子炉を動かします」と宣言しました。
 有力者のキツネたちやタヌキ村長は「賛成!」と叫びました。
 ところが、その前に立ちはだかった1匹の白いイヌがいたのです。
「この村の原子りょくには、使用ずみ核燃料が6千本以上もたまっている。これの処理方法がはっきりするまで、原子炉を動かすことを認めるわけにはいきません」
 白いイヌは、原子りょくがある村の県知事でした。
 知事の勇気ある発言に影響され、まわりの村の動物たちもつぎつぎに反対を口にするようになりました。タヌキ村長や、ネズミからお金をもらっている議員たちは抵抗しましたが、永久停止を叫ぶ声はしだいに大きくなっていったのです。
 それに、温和なヒツジたちも声をあげました。
「危険な原子炉を動かさないで!」
「子どもたちのためにも、もうこれ以上放射のうをばら撒かんでくれ!」
 騒ぎだしたのです。
 原子炉が動いていれば、村に大金が落ちるかも知れない。
 しかし、ひとたび大きな事故がおこれば、自分たちの生活がいっぺんに壊されてしまう。動物たちは、そのことを真剣に考えはじめたのです。

 いつものように、おだやかな朝のことでした。
 突然、とてつもなく大きな地震が砂丘の村におそいかかりました。
 タヌキ村長も、ネズミたちも、われ先に逃げだしました。
 砂丘は波うち、盛りあがったり沈んだりしています。
 なんとそのうえで、5号機がダンスを踊りだしたです。
 砂丘のうえを、ゆらゆらと右に傾いたり左に傾いたりしているのです。
 それに、地震によわいと言われた1号機と2号機も踊っています。

 でも、5号機のダンスのほうが、腰をおおきく振って見事です。たかさを誇っていた防波堤も、あっというまに津波でなぎ倒されてしまいました。

 やがて、地震も津波もおさまりました。
 3号機と4号機に、大きな損傷はありません。
 でも、1号機と2号機、それに、いちばん新しい5号機はおおきく傾き、見るも無残な姿をさらしています。
 巨大地震にたえるには、あまりにも地盤が弱すぎたのです。
 しかし、原子炉が止まっていたおかげで放射のう漏れはほんのわずかで、最悪の事態にはなりませんでした。こうして、砂丘の村は守られました。
 島国の動物たちが、力を合わせて原子炉を止めつづけたために……。

                     おしまい

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