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千原ジュニアの座王8/15の矢野パイセンから感じたスベリ芸の向こう側

関西地区で毎週土曜深夜に放送されている「千原ジュニアの座王」
ちなみにTVerなどの配信サイトで最新回が配信されたりAmazonプライムビデオで過去回も見ることができる。この番組は「大喜利」「ギャグ」「モノボケ」「1分トーク」など与えられた即興テーマをそれぞれ選び、相手を指名して勝ち上がっていくお笑い番組である。今は新型コロナウイルスの影響でAグループ・Bグループと分かれてそれぞれのグループを勝ち抜いた勝者の二人で決勝戦が行われ今週の座王が決定する流れとなっている。

またこの番組ではMCの千原ジュニアと女性アナウンサーの他に審査委員長という週替わりで判定を行うポジションの人間が出演する。だいたいは吉本興業のベテラン芸人が充てられるのだが、コンビの一方は座王の出場者として出演しているのに対し、もう片方のコンビの一方は審査委員長として出演しているという事が往々にして起こっている。(FUJIWARAの原口(出演者)と藤本(審査委員長)やザ・プラン9のヤナギブソン(出演者)と浅越ゴエ(審査委員長)・お〜い久馬(審査委員長)など)


そしてこの回の審査委員長を務めるのは矢野・兵藤の兵藤だった。オープニングトークで「いやぁ今回はなんだか複雑な気持ちになりますけど、まぁえこひいきをせずに公平にやっていきたいと思いますけどねぇ」と言うとすかさず別室に待機している矢野から「おい、えこひいきせいや!」などというヤジが飛んでくる。こういうあけすけではありつつも、笑いに持っていけるやり取りが出来るのが矢野パイセンの強みだと個人的には思っている。

即興で何かをやらされる以上ウケる事もあればスベる事もある。そしてそのスベリはウケてる回数よりも断然多い。優劣を決め合う番組構成である以上、どちらも面白ければいいのだが、そうはならないのが現状だ。
しかしこの座王は勝者だけでは無く、敗者にもMCのジュニアからチャンスを与える事が多い。例えばとあるギャグでスベって負けた時に「もう一つ悩んでたネタあったんちゃう?」と振ってもう一つのネタをやらせたりするのである。そこで笑いを取って「それやっとけば勝ってたやんか!」とジュニアに突っ込まれてまた更に笑いが起きるという一連の流れがあるのだ。

そしてギャグ対決で矢野パイセンがくじ引きで相手として指名される。ギャグやモノマネ対決の時にあまりギャグをした事がない出演者が当てられるとジュニアは毎回「○○さんはギャグ(モノマネ)何個ぐらい持ってはるんですか?」と尋ねる。だいたいの芸人は3個か4個、FUJIWARA原口は2兆個のギャグを持っているのでよくこれを振られるのだが矢野パイセンは「いや、自分の持ってるギャグはパイセンやぞ! しかないわ」と答えてしまう。「(対決が始まる前に)今それを言ってしまったから(持ちネタは)使えませんね」「ええ」「ほな頑張って絞り出して下さい」
そしてその絞り出したネタで矢野パイセンは見事にスベった。「いや、これ今考えたんやで!」などとごちゃごちゃ兵藤に言ってはいたが兵藤は無言で苦笑しながら相手方の先攻の札をあげた。
本来ならばここでパイセンが茫然する絵で終わってもおかしくないのだが、ここでジュニアにあの言葉を振られるのである。
「パイセン、もう一この迷ってたギャグだったらいけてたんちゃうんですか?」
当然パイセンは困惑する。対決前に言った通りそんなギャグなどあるはずもない。少し渋ってはありつつも、覚悟を決めたパイセンはおうやったろうやないかいと半ば喧嘩腰でそのフリに乗っかるのだ。
「ほら、メガネ取ったあのギャグですよ」ジュニアから条件まで指定されどうしようもなくなったパイセン。なメガネを床に置くとなんとその場で片肘だけで腕立て伏せをし始めた。そしてそれが終わってメガネを掛けてからの「どやー!」
何がどやーなのかよく分からないがそれで笑いが起きジュニアも「それや! それやっとけばよかったんですよ!」というので一連の流れを綺麗に落とす事ができた。自分はこの流れを見てスベリ芸の向こう側を見た気がした。

持ちネタや武器が全て封じられた状況下の中で、何かを絞り出さないといけないという人間を追い詰める事で生まれるエンターテイメントというのはお笑い芸人が度々遭遇する。これらは彼等にとってまさしく「地獄」と呼ばれるものなのだが、それを見る側にとっては彼等の予期せぬ動きが笑いを生むのである。


この回を見て思い出したのはゴッドタン(2019/3/16放送)のバカヤロウ徒競走という企画で参加していたパンサー尾形だ。パンサー尾形がお昼の生放送の情報番組(王様のブランチをモチーフにしている)で失敗ばかりを繰り返し、出演者やスタッフから不満の声が上がるのだがチーフプロデューサーがそれを一蹴し敢えて尾形にエンド5秒を任せるという小芝居だ。そして尾形にはサンキュー以外の言葉で締めるという枷が付けられていた。
普段のエンド5秒でサンキューの持ちネタばかり使っていたので武器が完全に封じられた尾形。とにかく何かをやろうとするも演者は笑いもせずひたすら真顔で尾形を見るだけ。反応も遠くから聞こえるスタッフの失笑ぐらいしかなく、尾形はどんどん追い詰められていく。顔芸をしてみたり、マッチョマッチョマッチョメンなどと言いながら力こぶを見せつけたりと……
そして完全に追い詰められた尾形は顔中に脂汗を浮かべながら「うあああああああああ!!!!」と雄叫びを上げる。それには今まで堪えていた演者達も思わず笑ってしまい一連の小芝居はフィナーレを迎えるのである。

これらの事から自分が感じた事はスベる事を恐れずにやり切る精神の強靭さだ。運動神経が悪く、最近では某俳句バラエティ番組でよく見かける芸人なんかはこのスベる事を恐れ、スタッフやMCのせいにしてやり切ろうとしないのだが恐らくそれが多くの人が思う「恥をかく事をやりたくない」という普通の感覚なのだろうと思う。お笑い芸人はそういう恥を乗り越えた先にある所に居るのかもしれない。自分はスベリ芸の向こう側と表現したが、スベリ芸をやり切るその姿こそ本当のスベリ芸の向こう側かもしれない……そんな風な事を改めて思った次第である。

とまぁ途中でこの記事を書いてて「矢野パイセンのどやー!ってなかやまきんに君のパワー!のパクリじゃね?」と言うのが頭に過ぎったがそこは敢えてスルーしておいた方が良さそうだ(了)



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