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素直な人

素直な人というのは時に残酷だ。
ただ、平等なというのは人間として難しい事だから、決してそれを攻めたいわけではない。ただ自分が寂しいだけなのだろう。

時に好意はその受け手よりも取り囲んでいる人間の方が如実に実感してしまうものだと思う。興味の在り処、好意の強さ、向ける熱の高さ。日々のなんてことはない振る舞いの端々に見て取れる、その違いに、ただ理解してしまうだけなのだ。それも一方的に「そうか」と。


ましてや、素直な人ほど、意図してのものではないだろうからそれをどうして攻められようか。


人の心は難しいものだと思う。誰かに選ばれたい、居場所が欲しい。見返りを求めるわけでなくても、つい心にわだかまるものを抱えてしまったりする。

好意が、興味がこちらにないと、理解してしまった途端。
特別強い好意を寄せていなくても、好意的に思っていたその気持ちが行き場をなくしてしまったように感じて物悲しくなってしまう。実に自分勝手なものだけれど。

自分も誰かにそんな気持ちを抱かせているかもしれないという身勝手さを棚にあげながら。そういう時は、寂しさにふさぎがちになって足元しか見えていないことがある。顔を上げるとそんな自分の周囲にすら人がいるということも忘れて、得られないものに嘆いてしまう。

そんな時は力を抜いて、狭まっている視野を解放して、どうか広い視野をまた取り戻せるようにそう思う水曜日。

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