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現代ドイツの合唱事情 vol.3 合唱団のレパートリー -ドイツにも流行作曲家はいる?-

※この連載は2017年〜2018年にSalicus Kammerchorのサリクス通信に掲載されていたものに修正を加えた再掲となります。

今回は、ドイツ合唱団のレパートリー事情について。

 …と簡単に書き出したはいいものの、初回及び前回記事でも御覧頂いたように、ドイツのプロ/アマチュア合唱団には実に多様な活動実態があり、それに伴ってそのレパートリーも当然「ドイツ」で簡単に一括りにできるようなものではありません。

 したがって本稿では対象を限定し、「(主にアマチュアの)コンサート合唱団」のレパートリー傾向について書いていきます。日本の合唱界ではそれと似たようなスタイルの合唱活動がもっともメジャーだと思いますから、比較しながら考えてみると面白いかもしれません。また、参考としていくつかYouTube音源を添付しています。


「ドイツ語多声音楽」の層の厚さ

 まずはこのことに言及せねばなりません。留学中バッハのコラールを歌っていて、このテクストを母語として身体でありのままに演奏しようとする、というのは一体どんな感覚なのだろうと、狂おしく羨ましく思ったことが何度あったでしょうか。日本語人にとって「母語の合唱音楽」というとその殆どが戦後作曲されたものですが、ドイツ語のそれには優に500年は遡ることができるような、圧倒的な時間的スケールがあります。

 むろん言語はその表層も中身も時間とともに変質していきますから、現代においてその言語をネイティブに操るものが全てに勝るということでは当然ないはず。ですが、シュッツなり、あるいはイザークなりレヒナーなり、「古楽」と呼ばれるような分野の音楽にしても、アカデミックな筋道とは一線を画するやり方で「母語の音楽」として楽曲を理解し寄り添っていくことが彼らにはそもそも選択肢としてあり得るのだというのはまざまざと実感させられたことでした。

 それがピリオド的演奏(ドイツ語では「歴史的情報に基づく演奏実践 historische Aufführungspraxis」と言います)を目指したものであるかと言えばそうではないケースも正直少なくはないですが、こういった言語的シンパシーから上記のような「古楽」の作品群をレパートリーとする合唱団は少なくありません。

 さらに19-20世紀までくるとドイツでのアマチュア合唱の興隆(初回記事参照)も相まって、現在に至るまで愛唱されるような合唱作品が多数生まれます。日本で言う中田喜直、大中恩に似た存在としてシューベルト、ブラームス、メンデルスゾーンがあり、あるいは髙田三郎のかわりにブルックナーがあるようなイメージでしょうか?

Felix Mendelssohn: Wasserfahrt
(Ensemble Vocapella Limburgの演奏。筆者もTenor1をうたっています)


流行作曲家はいる?

 日本の特に都市部のアマチュア合唱界隈では、かなり高頻度で「委嘱初演」という言葉が目に入り、日に日に新たな合唱作品が生まれている印象があります。一方のドイツでは新曲演奏活動自体は活発ではあるものの、アマチュア合唱の分野でそれ自体がトレンドであったりメインストリームになっているとは言えません。前述したようなものすごく層の厚い母語レパートリーが存在するし、新しい曲もまずそれらとの比較のなかで生き残らなければならない、という環境の厳しさゆえのことだろうと考えます。

 そんな中でも強いて成功している人物の例を挙げるなら、Alwin M. Schronen(アルヴィン・M・シュローネン)は特にドイツのユース世代の合唱団に人気の高い合唱作曲家の一人です。近年では日本でも演奏されることがあるとか。ゲーム音楽のようなわかり易くかっこいいサウンドが若い人の心を掴むのでしょうか。

Alvin M. Schronen: O sacrum convivium

 民謡「狩人は池のまわりを歩いた」の愉快な合唱編曲が愛唱されているBernd Englbrecht(ベルント・エングルブレヒト)もまた、代表的な現在の合唱作曲家の一人。

Bernd Englbrecht: Ein Jäger längs dem Weiher ging

こちらのEnglbrecht作品では若かりし?筆者が歌っています…^^;

Bernd Englbrecht: Der Feuerreiter


Hugo Distler(フーゴ・ディストラー)

 比較的ドイツもののレパートリーが喜んで歌われることの多い日本ですが、その割にドイツでの知名度に比べると日本では殆ど認識されていない現状と言ってもいいのではないかという作曲家がHugo Distler(フーゴ・ディストラー)。 1931年リューベック・聖ヤコビ教会オルガニストに就任するなど教会音楽家としてのキャリアを持つ傍ら、1942年に34年の短い生涯を終えるまでに多数の合唱作品を生み出してきました。

Hugo Distler: Das ist je gewisslich wahr

 シュッツの影響を強く受けつつも、それでいて他のどの作曲家や時代とも重なり合わない独特で魅力的な色味の響きをもったディストラーの合唱音楽。ドイツ・オーストリアではプロ・アマ関わらず演奏機会が多く、今後日本でもたくさん演奏されることを密かに望んでいます。

【参考】Distlerについて - Hugo Distler Vokalensemble(日本語)


オムニバス曲集

 Bosse出版の「Chor aktuell」というドイツで多くの合唱団/学校に買われているオムニバス合唱曲集があります。直訳すると「現在の合唱」。編成別に、グレゴリオ聖歌から現代音楽までをかいつまんで一気に貫いた合唱曲集で、ドイツで合唱団が扱う曲をまずは簡単に体験してみたい、というときにおすすめの楽譜です。

bosse-verlag.de/reihen/chor-aktuell (ドイツ語)

 また、amazon.co.jp にて「Chor aktuell」と検索すると数冊出てくるようです。


日本語合唱の未来

 改めてドイツアマチュア合唱界隈のレパートリー事情を俯瞰してみると、まず非常に充実した過去と現在の幅のなかでの選択可能性があり、だからこそ、必然的に新たな創作に対する切磋琢磨ないし厳しい淘汰が行われるという安定したサイクルが成り立っているように思われます。

 その点で日本の合唱レパートリーはまだまだ歴史的な時間軸は浅く、これからさらに面白くなっていく潜在性を抱えていると言えるでしょう。
未来もまた楽しみにしたいと思います!




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