1999年夏、帝国ホテルで僕がブライアン・ウィルソンと出会ってから。

1999年、
ブライアンウィルソンが東京国際フォーラムで
初のソロコンサートをやったときのことだ。

コンサートに行った私は、
ブライアンと直接会っている。

コンサートがはねたそのあと。

すぐ近くの帝国ホテルの
すかすかに空いているラウンジバーで飲んでいたら
ブライアンとツアーメンバー(ワンダーミンツら)が
ぞろぞろ入ってきた。

私の座っていたテーブルのすぐうしろ。まさに
肩越しにブライアンが、いる。

ブライアンはニコニコしながら
メンバーたちの雑談を黙って聞いていた。
誰とともなく、
おそらくはアメリカの古い民謡(だと思う)
を歌い始めた。

すると、それに合わせて
ブライアンがあの細いファルセットをかぶせてきたのだ。

生のブライアンの声が背中越しに聞こえてくる。

I LOVE YOUR MUSIC ,

AND,ILOVEYOU .

帰り際、思いきって声をかけて、
小学生みたいな英語で話したら、
ブライアンはにっこり笑って、
ツアーパンフレットにサインをしてくれた。

あのとき、
ブライアンは
とってもとってもおじいさんみたい
だった。

20代の半分と
30代の全部と
40代の3分の2を
廃人みたいに過ごしたブライアンは、
1988年、
「ラブ&マーシー」という
時代とまったく連動しない、
最初からクラシックな、でも
きらきら輝く音楽とともに
突然、復活した。

私が会社に入った年だ。

当時20代前半の
私が、ビーチボーイズやブライアンウィルソンを
リアルタイムで知るわけがない。
80年代のあの瞬間、
ビーチボーイズとブライアンウィルソンを聴いているやつは
100%、
村上春樹の小説にやられたか、
山下達郎のラジオにあおられたか、
大瀧詠一の音楽にインスパイアされたか、
その全部か、
のいずれかである。

ちなみに全部か、のクチである。

ラブ&マーシーが出た後
「ロッキンオンジャパン」に連載をもっていた
江口寿史さんが、
廃人時代のブライアンのセイウチみたいな絵を描いたあとに
しゅっと苦みばしったハンサムとして
復活したラブ&マーシーのジャケット写真の
ブライアンを描き、
漫画の中で「よくぞ、戻ってきなすった」と泣いていたのを
よく覚えている。

でも、ブライアンのアルバムは当たらなかった。

2枚目のアルバムは
またレコード会社と喧嘩して
お蔵入りになった。

スイートインサニティ。
海賊版がある。
なぜ、これを出さなかったのだ、というアルバムだ。

その後、
ヴァンダイクパークスと
オレンジクレイアートという
日向においたレンガみたいな、
あったかいアルバム(実にいい曲が並んでいる)
を出したりしたけど、
やっぱり当たらなかった。

このまま
ブライアンはまた
セイウチみたいなひとになっちゃうのかな、
と思っていたら、
20世紀もそろそろ終わろう、
というときに、突如ツアーを開始して
はるばる日本まで来てくれたのだ。

コンサートで出会った
ブライアンは、
大柄な体を投げ出すように
キーボードの前に座っていた。

でっかい妖精。
年老いたトトロ。

たぶん、これが最初で最期だろう。
こんなおじいさんが
こんなにエネルギッシュにロックを奏でてくれることは。

ブライアンに
帝国ホテルで出会ったとき
私はそう思った。

でも、いま考えてみると
あのときのブライアンは、まだ57歳だった。

いまの私と6歳しか違わない。

その後、
ブライアンは、
2000年代に入ると、
ペットサウンズを完璧に再現するツアーを開始し、
日本を訪れ、
つくりかけで廃人になってしまった
スマイルを40年ぶりに完成させ、
スマイルを完璧に演奏するツアーを行い、
日本にやってきて、
さらに
60年代以来、
完全なかたちで
ビーチボーイズとしてツアーをスタートし、
真夏の幕張でカリフォルニアの真夏の音楽を
東京湾に向かって
花火のように打ち上げた。

(このとき、高野寛さんとトイレで出会ったのは内緒だ。
前座が星野源さんだった)

その都度、私は
この妖精のようなおじいさんに会うのは最期だろう、
と思いながらツアーに通った。

そして2016年4月、
ブライアンは、最期のペットサウンズツアーを
ひっさげてやってきた。
73歳。
今度こそほんとうにおじいさんになって。

高音は出ないし、音程はとれないし、タイミングはあわないし。

よれよれだ。

でも、なんだか、
今回は思わなかったのだ。
このおじいさんに出会うことはもうない、とは。

よれよれのブライアンの声の芯には、あの生で聴いたファルセットがちゃんと潜んでいる。

おそらく、
ブライアンは、またやってくる。

そして、神のみぞ知るを、ラブ&マーシーを、きっとひとりで歌い上げる。

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