書評『東京右半分』都築響一(筑摩書房)

かつて、とあるところでやった書評をサルベージ。全部公開で、よかったらちゃりん。

 東京は、地形的に2つの地域に分断されている。

 上野駅で京浜東北線に乗り、埼玉方向を目指す。すると進行方向左手に、列車と並行して延々と崖が見える。鴬谷、日暮里、田端、王子、赤羽……。


 この崖こそが、東京を左と右とに分ける境目である。


 崖の上はいわゆる武蔵野台地。こちらが「東京左半分」。いわゆる「山の手」である。港区も、文京区も、渋谷区も、目黒区も、世田谷区も、みーんな、「左半分」である。

 崖の下から、東側に向かっての低地。こちらが「東京右半分」。足立区。荒川区。台東区。江東区。江戸川区……。埼玉・千葉・茨城方向に広がる広大な下町である。

 東京、といえば、これまでもっぱらメディアで取り上げるのは「左半分」だった。高級住宅街も、ターミナル駅のほとんども、みんな左半分にある。流行の発信地、といえば、ぜんぶこちら…それがメディアの見た東京。


 が、ちょっと待てよ。

 実はいま、圧倒的に面白いのは、むしろこれまで雑誌だのインターネットだのがまったく無視してきた、誰もレッテルを貼っていない「右半分」のほうだぜ。

 そうささやいてくれる本がここにある。
 

 その名もずばり、『東京右半分』。
 著者は、エディターにして写真家の都築響一氏。自らの足で、右半分の「すごいところ」106カ所を訪れ、カラー写真とともにルポルタージュする。


 断っておくが、右半分の面白さは、安っぽい昭和懐古でも、下町巡りでもない。都築氏が右半分の東京で「再発見」するのは、インターネットの検索にも引っかからない、デジタルの目では見えない、リアルな人間たちの欲望や楽しみや生活の胎動だ。


 都築氏は、ずいぶん前から「東京右半分」こそが、国際都市東京のホントの面白さを内容した場所だ、と喝破し、さまざまな媒体で、ルポルタージュを発表してきた。本書は、まさにその集大成である。 


 上野発のヒップホップ。葛西のインド人街。葛飾・水元公園の大自然。千駄木の流しの鞄屋娘。錦糸町のリトルバンコク。湯島の手話スナック……。106の場所、人、事象が、毒々しい万華鏡を覗くように、本書のページを彩る。どこから開いてもよし。すぐに、あなたは「右半分」にトリップできる。


 それにしても、六本木だの渋谷だの麻布だのといった左半分の街よりも、右半分が面白い、と都築氏は見立てるのか?


 それは、右半分が「カネがないけど、おもしろいことをやりたい人」に開かれた場所だからだ、と都築氏は言う。


 都心から近い。なのに物価も家賃も安い。場所がブランディングされていない。だからメジャー資本が近づかない。結果、個人が、外人が、変人が、自分たちで勝手に街を再起動させている。


 さあ、本書を手に入れたら、まずはヴァーチャルな読書体験で「右半分」を堪能してほしい。そのあとは、地下鉄に乗って自ら足を運び、新しい東京を体で堪能してほしい。

とりあえずのお薦めは、足立区竹の塚のフィリピンパブ。なぜかは、本書で確かめて。

……と、書くと、東京左半分はマスメディアのマーケティングに毒されたつまらないエリア、と思われるかもしれない。
 違います。なぜ違うか。実は左半分には極めつけのお宝が眠っている。その話は、また来週。

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