見出し画像

1945年にネットだのテレビがあったら。

もし1945年に
ツイッターだのフェイスブックだのテレビだのこのnoteみたい
なものがあったら。

東京大空襲や
広島長崎原爆や
沖縄決戦や
全国あらゆるところで起きた
殺戮の記録を
私たちは毎年毎月毎日
反芻し続けることになっただろう。

そして
殺戮の悲しみと、恨みを「いつまでも忘れない」だろう。

そして
結果として明日の糧をつくる
アコギなことやズルいことやエッチなことや
ちょっといいことや、すごいことを
誰かが始めることを
もしかすると許さないだろう。

「明日」をつくるときって
ちょっと
「昨日」を忘れてる。

悲しみや恨みを忘れて、
いまの楽しみや、おいしさや、エッチな気持ちや
やさしい心を優先させる。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
27
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授(メディア論)浜松出身。慶應大学経済学部卒。日経BP社で記者、書籍編集、広告Pを経て現職。NPO小網代野外活動調整会議理事。「ラジオNIKKEI」「渋谷のラジオ」出演。『国道16号線』(近刊)『混ぜる教育』『「奇跡の自然」の守りかた』など

こちらでもピックアップされています

あなたと社会と世界の『未来』を変える話
あなたと社会と世界の『未来』を変える話
  • 3519本

かつて私たちの夢見た豊かな暮らしは、もはや待つだけでは手に入らない。 独立自尊により『自由』を得て、自分を取り巻く世界の『未来』を変えるための道は、おのずから動く者にのみ開かれる。 そのヒントの在処は先達の教えに、世界の歴史に、小さな異変や違和感に、同業者や異業種の成功事例に――あるいは地下鉄の壁や長屋の玄関の落書きに。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。