Silent Atmosphere #1 2/2
機体のチェックを終えたシュウイチは、艦内の食堂で昼食をとっていた。
「前、いい?」
ジャンクフードを貪っていたシュウイチが顔を上げると、リリカが立っていた。
その手には定食が配膳されたトレーを持っている。
シュウイチは頭を軽く下げ、肯定の意思を示す。
リリカは当然のようにその前に座った。
「またそんなもの食べてるの?」
溜息交じりにリリカが告げる。
「お前も食うか?」
「遠慮しとく」
「美味いのにな」
「何それ。作戦時間中に食べるまっずいヤツでしょ? なんで落ち着いた時に食べなきゃなんないの? バカなんじゃないの?」
「美味いのにな」
シュウイチは心の底から言った。
「タバコばっかり吸ってるから味覚おかしくなったんじゃない?」
そう言って、リリカはパンを頬張った。
「ああ、丁度良かった。喫煙室を廃止して休憩室にしないかって提案があったの。観葉植物入れて。士気向上のために」
心なしか楽しそうにリリカが言う。
シュウイチは肩を竦めた。
「そいつは困る。士気が下がる」
「誰の?」
「俺の」
「何それ」
リリカの口元が僅かばかり上向いたように見えた。
ここ数日彼女と気兼ねなく話せる機会が無かったので、シュウイチもそれなりに気分が良くなった。
と、そこでふたりは周囲の視線が気になった。
気付けば食堂にいた全員が自分たちを見ていた。
「……また後で」
「ああ」
それ以降、ふたりは無言で食事を続けた。
***
「こいつは……圧倒されますね、隊長」
コックピットに反響するエビナの声は、心なしか緊張しているように聞こえた。
「集中しろ。一応目標はテロリストという想定だ」
冷静にシュウイチは告げるが、彼自身戸惑いを感じている。
レーダーに映る艦隊の数はこれまでに経験したことのない規模だ。
「こちらが侵攻側。お偉いさんに試されてるんでしょうね」
「馬鹿にしてるんだろ」
そこまで口にしたところで、母艦から通信が入った。
「その言葉、記録に入る。後で査問される可能性を考慮せよ」
リリカからだ。
職務中の彼女はいつものように砕けた口調では話してくれない。
もっとも立場を考えれば当然のことだが。
「これは失礼致しました」
「チケットは渡しましたかい?」
リリカとの交信が切れたところを見計らってエビナが言う。
「さあ? なんのことだろうな」
「まったく人が悪い。第一――」
「ヴァネッサ准尉。気分はどうだ?」
これ以上余計な話を続けて査問を受けるわけにもいかない。
シュウイチは助けを求めるようにヴァネッサへ呼びかけた。
「……はい」
「……わかったよ」
シュウイチは改めて無意味だということを悟った。
モニターを見つめる。
演習開始まで残り三〇分を切った。
「嫌な予感がするの」
「何がだ?」
先日のリリカとの会話が思い起こされる。
「やっぱりおかしい。軍が何を考えているか」
「それはそうだが、やることは同じだ」
「…………」
喫煙室でシュウイチがタバコを嗜んでいる隣で、リリカは何かを考え込んでいた。
やがて、思い立ったように彼女はシュウイチを見る。
「死なないで」
それだけ言って、彼女は喫煙室を後にした。
「演習開始時刻まで、一〇秒前」
艦内のオペレーターからの通信が入る。
シュウイチは身構えた。
「これが終わったら映画のチケット、使って下さいよ」
今度はエビナからだ。
「善処する」
「……隊長」
意外なことに、ヴァネッサからも通信が入った。
「どうした?」
驚いたシュウイチがヴァネッサに言葉を告げようとした。
「演習開始」
だが、その間もなく、演習が始まった。
周囲の戦艦が、VSが、一斉に行動を開始する。
それはシュウイチたちのリオ・レグルスも同様だった。
出遅れないよう、慌ててシュウイチもVSのスラスターを展開する。
「エビナ。ヴァネッサ。三機ともなるべく距離を離すな。固まって行動しろ。俺たちは先発じゃない。無理に前に出ず、まずは勇敢なパイロットたちの見学だ」
「了解」
「……隊長」
応答したエビナに対し、ヴァネッサは再びシュウイチへ呼びかけた。
「なんだ? さっきから」
「……はい。良くない感覚がします」
「何を言っている」
シュウイチは苛立ちを隠せない声色で告げた。
この状況で個人的な気分を進言されるなど、もっての他だ。
「……嘘ではないのです。待機を進言します」
「ふざけるな。演習は始まっているんだぞ」
「まあまあ」
声を荒げるシュウイチをエビナが宥めようとする。
「ヴァネッサ准尉が珍しく言っているんです。少しぐらい――」
「だったらこの場では無くだな――」
そこで、シュウイチは異変に気がついた。
「エビナ准尉?」
だが、返ってきたのはノイズだけだ。
ヴァネッサからも同様である。
やがて、ノイズすら聞こえなくなった。
いや、それだけでない。
機体の索敵系のシステムが全て稼働しない。
ハードの問題なのか、システムの問題なのかは現状わからないが、使用できないという事実は確かなようだ。
目視で周囲を確認する。
戦艦も、VSも。
皆が動きを停止していた。
「……チ」
そんな中、突如コックピットにノイズ混じりの声が反響した。
暗号化されていない、旧式の無線通信だ。
「シュウ……チ」
「リリカか!?」
シュウイチは慌てて無線通信を開く。
無線通信は機体のシステムと直結していない。
通常の通信システムが使用できない現状では有効な手段だ。
「一体どうなっている!? 状況を――」
「……チ……逃げ……」
「なんだって? 良く聞こえ――」
その時だった。
シュウイチのモニターが白く染まる。
強い光が、シュウイチの視界を奪っていた。
それは、まるで……。
「宇宙の、空気だ」
「え?」
やがて、リリカの声は再びノイズになって消えた。
次の瞬間、シュウイチの鼓膜を高周波が襲う。
キィン、と言う金属音にも似た音が聴覚を奪った。
視界が、ゆっくりと晴れていく。
シュウイチは即座に右側のエビナの機体を見た。
が、エビナのAKANEは右足がはじけ飛び、ゆっくりと崩れ落ちていくところだった。
そして、そのコックピットを、一筋の光が貫いた。
(ビーム兵器……じゃない?)
シュウイチはその光景を、まるで映画のワンシーンか何かのように、ただぼうっと見つめていた。
エビナのAKANEが輝いた。
そう思った刹那、破片がこちらに向かって飛んできた。
シュウイチのAKANEの右腕にぶつかる。
他でもない、エビナの機体のそれだ。
シュウイチは、正面を向いた。
「え……」
そして、言葉を失う。
そこには、一機の見慣れぬVSが優雅に立っていた。
いや、そもそもVSなのだろうか。
そのフォルムは異形そのものだった。
もし、この眼前に立つ、VSらしき存在が天使だと形容されたとしても、今のシュウイチには、信じてしまうだろう。
あまりにも異様なのだ。
「あっ……」
シュウイチはモニターに映る空を見上げた。
舞っていた。
天使の軍勢が、空を覆うように。
そして、一機一機がその手に構えたライフルで地上の機体を撃ち抜いていく。
VSだけでなく、その母艦さえも。次々に。
世界は忘れていた。
いや、世界だけではない。
シュウイチも、忘れていた。
「ただいま、シュウイチ」
コックピットに響き渡る声。
シュウイチは思い出す。
この世界には、宇宙があることを。
そして、その宇宙には――
With.domと呼ばれる勢力圏と、そこに住まう人々がいたことを。
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