フォルマ・ディフェクト ―第二章― 1/2

 空が、熱い。

 意識を取り戻した僕を、太陽が照りつけていた。
 眩しい。目がくらむ。
 屋上に吹き付ける風を痛いほど感じる。

 ただそれも、後一歩。
 後一歩踏み出せば全て消えて無くなる。
 眩しく、けたたましい太陽も。
 否応なしに吹き付ける風も。

 ふざけた生活。
 混濁した日常。
 
 病院からの診断書。
 両親からの電話。

 ――大嫌いな自分。

 後一歩踏み出すだけで、全て消えて無くなるのだ。

 ただ、それだけだ。
 そう。その一歩を踏み出すまで、どれほどの時間を費やしたのだろうか?

 足下を見る。
 紅葉が始まりだした木の下で、男女五人ほどのグループが談笑していた。
 既に授業は始まっていると言うのに、良い身分だ、と思う。
 

 もう時節は九月になっていた。

(そういえば……彼女も九月だったな)
 僕の脳裏に、”先程の光景”の彼女の顔がよぎる。

 色素の薄い髪。小動物を思わせる大きな瞳。
 高校時代の彼女が、そこにいた。

 彼女と話したことはない。
 そもそも高校では友人と呼べるような存在もいなかった。

 それでも僕は彼女を忘れたことはない。

 好きだった……たぶん、そうなんだろう。

 けれども彼女は消えてしまった。
 届かぬ場所へ消えてしまった。

 自ら命を絶ったのだ。
 今、僕がそうしているのと同じように。

 時間連続視欠落症候群(フォルマ・ディフェクト)。
 それが全ての始まりだった。

 後、一歩。
 後、一歩なんだ。

 しかし、なぜその一歩が踏み出せない。
 僕にはもう何もない。もとい、始めから何も無かった。

 ならばもういいじゃないか。

 どうせ遅かれ早かれ、僕は死ぬ。
 時間連続視欠落症候群は決して僕を解放してはくれないのだから。

 いや……。
「そうじゃないな……」
 そこで僕は気づいてしまう。
 結局、僕は自分に言い訳がしたいだけなのだと。
 誰かに同情して欲しいだけなのだと、気づいてしまう。

 誰も僕を見ていない。
 誰も僕に関心を寄せない。

 だのに僕は誰かに同情して欲しいと考えている。
 そこに行き着いた途端、激しい自己嫌悪が僕の身を苛んだ。

「悔しかった?」

 なぜ僕には力がない。
 知っている。努力が足りなかった。思慮が浅かった。
 傲慢だった。どこかで自分を信じていた。
 そして今も信じていた。願っていた。縋っていた。

「何に?」

 誰でもいい。なんでもいい。
 何かを、求めていた。

「それは、変化?」

 でも僕は変わろうとしなかった。
 ただ、何かの変化を求めていただけだった。

 ひな鳥が親鳥に安全と養分を与えられるように。
 僕はただ願っていただけだった。

 だがそんなものが与えられる保証がどこにあるというのか。

 雛鳥とて親鳥が死ねば安息は奪われるし、猫だって野良猫に産まれた個体と家で産まれた個体は違う。

 大きな世界の流れから見れば、僕はそれだけのことなんだろう。

 僕は、淘汰された。
 淘汰されることが、運命づけられていたホモ・サピエンスの一個体に過ぎなかった。

 太陽が僕を照りつける。
 目を閉じる。

 後一歩踏み出すだけで、僕は――

「え……?」

 突然、足下の揺れる感覚に僕は思わず目を見開いた。

 世界は、色を変えていた。
 煙を上げる校舎。
 ひび割れたアスファルト。

 そして……巨大な、人型の機械。

「フォルマ……ストラ!」


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