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Silent Atmosphere #1 1/2

Silent Atmosphere #1<Silent Time>

 突如下された命令に、LIFE軍のシュウイチ・フォレスト少尉は首を傾げていた。
「演習?」
「そう。それも大規模」
 シュウイチの問いかけに、モニターの先の人物が答えた。
 年の頃はシュウイチと同じぐらいだが、ブロンドの髪を持つ女性だ。
「だから、なぜだ?」
「何? 疑ってるの?」
「理由の問題」
 ぶっきらぼうにシュウイチが言う。
 するとモニター越しに女性は溜息をついた。
「何? 理由がなければ戦えないとでも? 馬鹿馬鹿しい」
「そうじゃない。それに――」
「そういう歳でもないでしょう?」
 今度はシュウイチが溜息をつく番だった。
「先回りして答えるな、リリカ」
「何それ。いつものことでしょ」
 リリカ、と呼んだ女性に対し、シュウイチはばつが悪そうな顔を浮かべた。
 だが、だからと言ってこの上司が嫌いと言うわけではない。
 シュウイチと彼女はもうかれこれ七年の付き合いになる。
 今のやりとりも、何度も繰り返したごく自然なやりとりの一つだ。
 だが、内容についてはその限りではない。
「大体、時期が不自然だ。観艦式を一ヶ月後に控えてる」
「抜錨は明日の一四:〇〇。それまでに機体を慣らして」
 リリカの手が、モニター越しに通信のスイッチを切ろうとする。
「待て。まだ理由を聞いていないぞ」
「それは私も」
 リリカはそう答えてから、スイッチを切った。
「…………」
 通信を終えた後、シュウイチは天を仰いだ。
 演習などいつぶりだろうか?
 少なくとも自分が軍人となってから、その回数は数えるほどしかなかったはずだ。
 更に、いきなり明日などと言う緊急な物となれば初めてのことだ。
 それは自分と同じ時間を過ごしてきたリリカにも当てはまる。
 元来、軍組織が行う演習とは、無論本来の意味合いがあれど、事実上は、敵対組織に対する武力の誇示だ。
 だが、地球上がライフと言う名の組織に統合されて久しい。
 今でも無数の紛争地域があれど、それは歩兵同士が争う旧来の、小規模な範疇に収まっている。
 それは演習においても同様だ。
 このご時世においてシュウイチたちがわざわざ出向くべき演習が、もとい戦場があるとは思えない。
 シュウイチはこの地球上に生まれた汎用人型戦闘歩兵兵器、ヴァリアント・スーツ(Valiant・Suit ※通称:VS)のパイロットだ。
 そしてリリカ……リリカ・篠 少佐はシュウイチが所属するVS隊の母艦、”リオ・レグルス”の艦長を務めている。
 当然のことではあるが、機動兵器であるVSやその母艦を運用するのは軍にとって大きな負担のひとつだ。
 ここ数十年間、実戦においてそれらが運用されたことは稀で、シュウイチやリリカに至っては経験のないことだ。
 世界は忘れている。
 シュウイチはそう感じていた。
 静寂な時を、あまりにも過ごしすぎてしまっている。
 世界は平穏を謳歌していた。
 かつて世界を席巻していた三勢力は突如生まれた融和主義に飲み込まれた。
 悲惨だった時代は最早、過去の物でしかない。
 現にあらゆる政治家や代表者は宣言しているし、人民に至っても同様だ。
 それほどの時を、人々は過ごしてしまっていた。
 
   ***


 突撃母艦リオ・レグルスのハンガー内は、有り体に言えば窮屈だ。
 VSを人だと仮定するならば、さながらカプセルホテルと言ったところだろうか。
 無論その理由をシュウイチは知っているし、不満もある。
 だがそれに関して意見を出来るほどの地位ではない自覚もあった。
「演習は本当なんですかい?」
 冷たいハンガー内に入ると、シュウイチを待ち構えていたかのように、その人物は声をかけた。
 LIFE軍、エビナ准尉。
 彼はシュウイチが所属する小隊員のひとりで、部下だ。
「本当だ。理由は艦長も知らない」
 シュウイチは無愛想に答えた。
「ほう」
 エビナは口元をニヤリ、とつり上げる。
「なんだ」
「いえ。相変わらず仲がよろしいようで」
「生意気」
「褒め言葉ですかい?」
「アドバイスだ」
 そう言って、シュウイチは構わずエビナから立ち去ろうとする。
 だが、エビナはシュウイチの行く手に先回りして、何かを差し出した。
「では自分からもアドバイスをひとつ」
 エビナが差し出してた何かを見つめる。
 それは小さな紙片だった。二枚ある。
 シュウイチは再びエビナへ視線を向けた。なんだ? と言いたげに。
「最近流行ってるんですよ、この映画」
「それがなんだと言いたいんだが?」
 エビナの言葉を聞いているうち、シュウイチは自分の言葉使いが乱雑になり始めていることに気付いた。
「隊長も人が悪いですなぁ」
「人が悪いんじゃない。実のない会話が嫌いなんだ」
「ですが人間関係を潤滑にするには、実のない会話も重要ですぜ」
 エビナはずい、と映画のチケットをシュウイチの鼻先へと押しやる。
「……キミと行く趣味はないぞ」
「とぼけないで下さい」
 鼻先からチケットが消えたと思った次の瞬間、シュウイチは右手にその感触を感じる。 エビナが無理矢理シュウイチの手に掴ませたのだ。
「自分はね、隊長のこと、これでも尊敬してるんですぜ。パイロットとして、腕は十分ですからね」
「結構な言い様だ。上官への対応として参考にさせて貰う」
「ええ。その上官とご一緒してください。自分が尊敬できるように」
 エビナは何が面白いのかシュウイチの顔をちらちらと見つめていた。
 だが、シュウイチは大層面白くない様子を浮かべる。
 そっぽを向けつつ、チケットを制服のポケットに乱雑に突っ込んでから、彼は歩き始めた。
「VSのチェックに入れ。明日の抜錨までに状態を報告。及び交換部品の発注もだ。その時になってからでは遅いぞ」
「承知致しましたよ」
 エビナの声を聞きつつ、シュウイチはVSへと近づく。
 だが、その途中、彼は何かを思い出したように立ち止まる。
「ヴァネッサは?」
 エビナのほうを見てシュウイチが告げる。
 が、彼は答える代わりに静かに指さした。
 指を差した方向で、小柄な少女がひとり、VSを見上げている。
「ヴァネッサ准尉」
 シュウイチが声をあげる。
 するとヴァネッサと呼ばれた少女はシュウイチを横目に見てから、静かに、小さく首を縦に振った。
 ヴァネッサはそのままVSの足下に置かれたコンソールパネルの操作に入る。
「話は聞いていたようだな?」
「……はい」
 その声は小さい。
 コンソールの操作音で今にもかき消えそうな程だった。
「ならいい」
 それだけ告げると、シュウイチは自身のVSの元へと向かうことにした。
 VSの元へ歩く間、シュウイチは小さく溜息を漏らす。
 どうもあの部下達は苦手だ。
 半年ほど前にシュウイチが小隊長へと昇進すると同時に、リオ・レグルスに着任したふたりの部下。
 エビナとヴァネッサ准尉はシュウイチの小さな悩みの種だ。
 エビナはことあるごとにシュウイチとリリカの仲を茶化そうとする。丁度さきほどのように。
 一方で、ヴァネッサは何も話さない。
 自分のことも、他人に何か質問することさえない。
 だが、それでいてふたりとも勤務態度は実直そのもので、シュウイチだけでなく、リリカも舌を巻くほどだ。
 しかし、それだけに厄介なのだ。
 勤勉である以上、無理にそれを改善させるよう計らうわけにもいかない。
 更に言えばシュウイチ自身の勤務態度もあって、リリカからも、
「彼らを見習いなさいよ。じゃないとあなたが敬語を使う立場になるわ」
 などと言われてしまう。
 もっとも、シュウイチからしてみれば、彼らが上官であったほうがいくらか気が楽だとも感じてさえいるが。
 などと考えている内に、シュウイチの眼前に一体のVSが、その姿を露わにする。
 空力を考慮した流線型のフォルム。
 その表面を暗く、赤い塗装が施されている。
 各部の間接は黒く塗装されており、ある種のモダンさを感じさせる。
 YC-03S。機体のペットネームは"AKANE"。
 かつての民間軍需産業が産み出した最後の量産型VSだ。
 現在のLIFE軍の主力であるアトロよりも旧式ではあるが、決して致命的な性能差があるわけではない。
 むしろ、治安維持を目的としたアトロに比べ、対VS戦を想定して設計されたこともあり、信頼性は高い。
「こちらシュウイチ・フォレスト少尉。これより機体のチェックを開始する」
「整備班了解。記録開始します。どうぞ」
 整備班からの応答を聞いてから、シュウイチは機体の生体認証装置に触れる。
 直後。モニターが反応し、オペレーティングシステムの起動が始まった。

LIFE military force
 Valiant  Suit Operating System
  >..boot


 続けてオペレーティングシステムに付随する各種ソフトウェアが起動していく。
 シュウイチはモニターに触れ、管理システムを起動する。
 管理システムが機体各部の状態を精査していく。
 処理が完了する間、シュウイチはコックピットの中で楽な姿勢を取りつつ、天井を見上げる。
 簡単に言ってしまえば、シュウイチの業務はこれまでだ。
 後はシステムが自動的にデータを艦内のコンピュータへ送信する。
 だが、最終確認としてその内容をひとつひとつチェックしなければならない。
 シュウイチがそこで疑問、言ってしまえばシステムが提示した結果に文句が無いか調べるのだ。
 とは言え、この七年間文句があったことは一度も無い。
 それほどまでに管理システムが高性能になったということだ。
 この事実に関して、シュウイチは複雑な気分であった。
 楽なことはいいことだ。
 だが、そのせいで機体に触れる時間が減ると言うことでもある。
 別段に機体に特別な思い入れがあるわけではないが、やはりパイロットとしては複雑な気分を覚えざるを得ない。
 そこまで考えたところで、シュウイチはそうでもないパイロットもいることに気がついた。
 モニターから外の様子を見てみると、チェックを終えたエビナがさっさとVSから降りているところだった。
(あいつ……)
 どうやら管理システムを起動して機体を降りたようだ。
 最終チェックなど所詮形骸化していると割り切っているのだろう。
「――人の文明は、道具によって始まった」
 シュウイチの脳裏に、誰かの声がフラッシュバックした。
 声色は、もう思い出せない。
 どこで得た記憶かさえ、忘れている。
 だが、覚えている。
 不確かな知識が、その発端を紐付けていた。
「でもね、その偉大な発明に、人はいつしか生死を委ねるようになった」
 その言葉に対する自分の返答は、ニュアンスこそ覚えているが、正確には思い出せない。
「コロニーで生きるってことは、そういうこと」
「――は、コロニーが嫌いなの?」
「わかんない」
「わからない?」
「それが、自然だったから。でもね、私地球にきて思った。やっぱり人は機械に生死を委ねてはダメだって」
 その会話は、憶えている。

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