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Silent Atmosphere #dal segno

 ――With.dom

 それはかつての統合戦争時代の後、地上を見捨て、宇宙に楽園を志した人々が集まったコミュニティである。

 数十年にも及ぶ隔絶された時代は両者の存在を忘れるには十分な時間だった。

 地球に住む人々にとって、世界は地上だけしかなかった。
 だから、人々は忘れていたのだろう。

 今、この瞬間、時が静寂を満たすまでは。

 ――ただいま、シュウイチ。

 ただこの一時を待ちわびていたかのように、世界は動きを止めた。

 何も知らぬはずの獣が空に向かって眼差しを送る。
 乳飲み子さえ、自身がしがみつく母の鼓動を感じて、動きを止めた。

 到来する光。
 忘れていた時間。

 シュウイチはただ、圧倒され、沈黙した。

 時は静寂に満ちていた。


Silent Atmosphere   #dal segno


「宇宙の空気を知っている?」
 かつて、シュウイチにそう尋ねた少女がいた。
 少女は宇宙が好きだった。それを、シュウイチは今でも覚えている。
「With.domのコロニーには重大な欠陥があるの」
 知らない、と答えたシュウイチに、彼女はそう言った。
「ちょっとだけ、酸素が多いの窒素と酸素のバランスが地球と同じように保てないから」
 そこまでは、覚えている。
 その後は、思い出せなかった。
 ただ、彼女のことなら良く覚えている。
 彼女はいろいろなことを知っていた。
 ――シュウイチの知らない場所。
 ――シュウイチが知っているけど、知らなかったこと。

 彼女が教えてくれたことは、たくさんあった。
 その殆どが自分の知識と同化して、どれか自分が得たもので、彼女から得たものかわからなくなるぐらいに。

 その中ではっきりとしていることがある。

 宇宙に関する知識は、すべて彼女から教えて貰ったことだ。
 彼女は宇宙についてとても詳しかった。
 そして、その空間に住まう人々についても。
 シュウイチは彼女以上にそれを知る人物を、未だに知らない。
「どうして、そんなに宇宙について詳しいの?」
 一度、彼女にそう尋ねたことがあった。
 そして、彼女は答えた。
「だって、当然でしょ」
 少し間を置いてから、
「私、with.domの人間だもの」と。
 その答えを聞いたとき、シュウイチの時が止まった。

 そう、あの時も――
 時は静寂に満ちていた。

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