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ヨルシカ『逃亡』と、西伊豆の夏の夕日

 8月某日の夕暮れ時、私は西伊豆の浮島という地へ観光に来ていた。
 私はバス停「浮島」を降り、海岸へと向かった。
 バス停から海岸までは急斜面が続いていた。西伊豆という地の地形の面白さを堪能しながら、私は坂道を下った。

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 海岸へ辿り着くと、そこには見事な夕日が佇んでいた。
 双方を岩壁が立ち並び入り江を構成する。波は穏やかで、今にも沈みそうな夕日が水面で揺れていた。

 写真を撮影しひと段落ついたところで、私はバス停へと戻るため夕日を背にして坂道を登り始めた。そしてカバンからイヤフォンを取り出し、自分で作ったヨルシカのプレイリストの中からある曲を聴き始めた。


 『逃亡』である。



 私はヨルシカの最新アルバム『盗作』の中でも、特にこの曲がお気に入りである。ヨルシカの楽曲はサビで盛り上げるものがほとんどを占めているが、『逃亡』には1番のサビがない。さらに2番で初登場するサビも、suisは不安を煽るかのような小さく微かな声で歌唱する。だがしかし、アルバムの他の曲では感じられない静けさによって、アルバム全体の雰囲気を引き締めている。

 『逃亡』を聴き始めると、西伊豆の夏の夕暮れと『逃亡』がベストマッチであることにすぐに気がついた。

温い夜、誘蛾灯の日暮、鼻歌、軒先の風鈴
坂道を下りた向こう側、祭り屋台の憧憬
夜が近付くまで今日は歩いてみようよ
上を向いて歩いた、花が夜空に咲いてる

 『逃亡』の世界観は、一本の坂道と静かな波音が響く浮島の町そのものであった。そして今にも沈もうとしている夕日が、それを強調する。さらには、ジャズテイストのバンドサウンドに、微かな潮風の匂い、イヤフォン越しに響く蝉の鳴き声、夏の暑さによって構成された汗が加わり、「夏のヨルシカ」を構築していた。

さあ、もっと遠く行こうよ
さあ、もっと逃げて行こうぜ
さあ、僕らつまらないことは全部放っといて
道の向こうへ

 そしてサビのフレーズによって、この地が都会での日々の喧騒から離れていることを教えてくれる。耳元で囁くsuisの歌声に、不思議な心地よさを覚える。夏の夜は、すぐ近くまで来ていた。


 バス停で次のバスが来るまで10数分待った。プレイリストは『逃亡』から既に4、5曲後の曲を鳴らしている。それでも、頭の中では、『逃亡』が描く西伊豆の町をずっと思い描いていた。

さようなら、手を振る影1つ、夜待ち、鼻先のバス停、
思い出の中の風景はつまらぬほど綺麗で
夜が近付くまで今日も歩いていたんだ
瞼を閉じれば見える、夏の匂いがする


#ヨルシカ_盗作レビュー

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