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ショック・ドクトリン(3) 〜100分de名著より〜

NHK「100分de名著」2023年6月に放送された内容に基づいております。
司会:伊集院光、安部みちこ
朗読:板谷由夏
語り:藤井千夏
指南役:堤未果(ジャーナリスト)
(番組URL)https://www.nhk.jp/p/meicho/ts/XZGWLG117Y/blog/bl/p8kQkA4Pow/bp/p7jByMJRr7/

戦争ショック・ドクトリン
株式会社化する国家と新植民地主義

2001年9月11日、
世界貿易センターを襲ったアメリカ・同時多発テロ。
アメリカが、そして世界が一瞬でショック状態に陥った。
ナオミクラインは、テロのショックに乗じて、アメリカ政府が急激な経済改革を推し進めていったことを暴く。

経済最優先で国家や戦争をビジネスとして運営
その結果、世界は一体どう変わっていったのか?


アメリカが自国に仕掛けたショック・ドクトリン

アメリカは、ショック・ドクトリンの本家本元。
そのアメリカが自国に仕掛けたショック・ドクトリン。
9.11によって、ショック・ドクトリンが世界規模に広がる。
戦争というものの定義がまったく変わってしまう。

「国による国民の監視、言論統制」
こういったものが正当化されてしまう。
そして、新しい「新植民地主義」というものが出来る。
それが一気に規模が広がり、もっと巨大化していく。

アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンが唱えた新自由主義。
1980年代、ロナルド・レーガン(第40代大統領)政権以降、アメリカ政府はフリードマンの経済思想の3大ルール

  • 規制緩和

  • 民営化

  • 社会保障の削減 を推し進めた。

水道・電気・高速道路・ごみ収集など、公共サービスが民間企業に売却、あるいは業務委託されていく。

国家機能のこうした手足が次々に切り落とされていった後に残ったのは、「中核」だけだった。
だが、軍・警察・消防・刑務所・国境警備・秘密情報・疾病対策・公教育・政府の統括といった国家統治の根幹に関わる機能を民間に渡すというのは、国民国家とは何かということに関わる問題だ。
ところが、初期の民営化がもたらした利益があまりにも大きかったことから、味をしめた多くの企業は、即収益につながる次なるターゲットとして、これら政府の収穫機能に貪欲な目を向け始めていた。

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」

見えない回転ドア

「政府機能そのものも『民営化』してしまえばいいのではないか?」…そう考えた人物がいた。
レーガン政権以降、歴代大統領の側近を務めたドナルド・ラムズフェルドディック・チェイニー、そして、のちに大統領となるジョージ・W・ブッシュの3人。
ラムズフェルドとチェイニーはフリードマンの「民営化すれば市場はうまくいく」という理論を実践。
彼らは政府と民間企業の間の「見えない回転ドア」を利用した。

回転ドアとは?
まず、「民間企業」が自社の幹部を「政府中枢」に送り込み、企業が有利になるように「法制度改革」を行う。
その後、再び企業にも戻って出世し、私腹を肥やすという仕組みを指す。
つまり、「企業役員」「政府幹部」を交互に行き来し、自分達の利益となるように仕向けた。

ラムズフェルドはフォード政権で国防省官を勤めた後、大手製薬会社の重役などを歴任。
チェイニーはフォード政権で首席補佐官を勤めた後、120を越える国に200社以上の子会社を持つ巨大エネルギー企業のCEOに就任。
テキサス州の知事だったブッシュは、刑務所やセキュリティー関連などの州政府の業務を積極的に民間に委託、その後、大統領にのぼり詰める。

2001年1月、3人がホワイトハウスに揃った。
ブッシュ大統領、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官
この瞬間から政府の中核にある刑務所・軍・医療の民営化が進められ、「政府の完全空洞化」に向かったとクラインは分析。

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【考察】

レーガン政権が民営化元年と呼ばれている。
フリードマンスタイルで民営化・規制緩和・社会保障カットを行なった。
回転ドアがクルクルたくさん回って、民主主義体制として選挙は当選あるが、ほとんど上層部の金融業界だったり財界が有利になる政策ばかり通ってしまう
何もかも「マネーが主役」に…。
そういう状態にアメリカはなっていった。

ただ一方で、そのようにバサバサ切っていくと、格差が広がって公共サービスがなくなるので、「貧困大国化」していく。
なので、「民営化に対する批判」が全国各地から吹き出し始めていた頃だった。

ーーーナオミ・クラインが上げたキーパーソンは、チェイニー・ブッシュ・ラムズフェルドの3人ですが…。民間から来て、政権の中枢を担い、また民間に戻ったりというのが、あまりにもあからさまなのでは?

「有識者ですから、アドバイスをくれますよね?」ということで民間企業の幹部に収まる。
…といった、一応、正当な理由はあるが、ただ、民間の代表だったら、自分の業界や自分の会社に都合のいい形になるようにする。
実際、彼らの務めた先の、軍需、製薬、セキュリティー業界にじゃんじゃん発注していた。

ーーー民営化する分野にいよいよ政府中枢にも手を付けると…

例えば教育だったりとか、福祉だったりとか、大きいところ、ここだけは民間じゃなく、国が監督しなければならない医療など…。
そういう所の利益も欲しいとなって、そういった所にもどんどん食い込んでいく。

ーーーだったら政府なんて、経済の省庁しかなくていいのでは!?
そういうことじゃないから、政府なのでは?!

そうなると政治家もいらないという話になる。
「国防だって民営化できるから、じゃ要りません」となる。
では国とは何か?
「もう要らない」ってことになってしまう。

実は、フリードマンは、そこまでは言っていない。
国がなくてもいいとは言っていない。
それを利用したのは、チェイニー・ブッシュ・ラムズフェルドの3人なんじゃないかと…。

公共サービスが必要な弱い人たちもいる。
国が助けないといけない部分もあるって事が考えられなくなり、それが暴走したのが、この頃。
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911と「進化したショック・ドクトリン」

アメリカ、そして世界を震撼させた911。
2001年9月11日、
世界同時多発テロ、このショッキングな事件の直後、フリードマン理論の根幹をなす「民営化」の負の部分が明かされ、国民の政府に対する不信感が強まっていく。

「テロリストは、一体どうやって飛行機に乗り込んだのか?」
真っ先に問題視されたのは、「空港セキュリティの脆弱性」だった。
セキュリティを任されたスタッフが民営化企業の契約社員で、たった時給6ドルで雇われていたことが明らかになった。

また、事件現場で通信インフラに問題が発生。
救出作業中に消防隊と警察の無線が切れるといった民営化の弊害が一気に噴出。
政府への批判が高まっていった。

そんな中、公務員たちが一夜にして国人的英雄となった。
消防隊、警察官など公共機関の職員たちが懸命に救出作業を行う姿が報道される。
「公共サービスの価値」について国民が覚醒していったとクラインは述べた。

新自由主義経済革命の頂点
その中で、ブッシュ政権は巧みに新自由主義政策を推し進めていく。
それは、「新たに進化したショック・ドクトリン」だった

と、ナオミクラインは分析。

フリードマン主義に徹したブッシュ・チームは、直ちにこのショック状態につけ込み、戦争から災害対応に至るすべてを利益追求のベンチャー事業にするという、急進的な政府の空洞化構想を推し進めるべく動き出したのだ。
ここでショック療法は大胆な進化を遂げた。
ブッシュ・チームは、「テロとの戦い」という名目のもと、初めから民営化を念頭に置いたまったく新しい枠組みを構築したのである。

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」

ブッシュ政権は、テロのショックにある国民の恐怖感情を利用し、警察や軍、諜報機関による監視、逮捕・拘束・尋問の権限を強化した。
その上で、「セキュリティ産業」へ国家予算を投入。
監視カメラブームが起こり、アメリカ国内には3000万台の監視カメラが設置され、新たに巨大なマーケットが生まれた

「テロとの戦い」をスローガンに、国民の支払った税金は湯水のように民間企業に流れていく。
クラインは、こうした一連の動きを「新自由主義経済革命の頂点」であったと指摘している。

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【考察】

9.11ショック・ドクトリン

ーーーアメリカの人たちは、こういう風に監視されるのがすごい嫌いだと思っていた。でも、911をきっかけに「そんなこと言ってる場合じゃない」となった…

「なんで自由の国アメリカが、急に全部一夜にして自由がなくなって、それが許されるんだろう?」とショックを受けた。
でも、やっぱりそれがショック・ドクトリンだと思う。
アメリカの繁栄の象徴だったツインタワーが崩れた、このショックは物凄かった。

ーーーでも、一旦は、警備の人たちに給料を払っていないとか、経済だけを優先して民営化したのが間違いだったとか、そちらに考えが行くわけですよね?
強い政府でいて欲しい!と一度なるわけですよね?

そうなりかけたところで、政府が別な要素をそこに投入した。
それが「外の敵」
テロリストという新しい敵がアメリカを狙っている」と、いつ次のテロがあるか分からないということを、毎日じゃんじゃんテレビで流した。
そうすると、私たちは怖くて怖くて、そのことしか考えられなくなる。

そして、「セキュリティをみなさんの要望通りに、治安を国の予算で守ります」と、セキュリティ業界に湯水のようにお金を入れ始める。
あの頃、アメリカ人たちは「どうぞお願いします、カメラはうちの方にももっと付けてください」と言ってしまっていた。

ーーー私を脅かす人たちを見ているんだからと…

見張られているのは、テロリスト予備軍であって、私たちではないですよね、と。

ーーー何が正しいか分からなくなってくる…

政府の側は、「治安を守る」ということで、危なそうな人を片っ端から逮捕していった。
ある日突然、
・番組のキャスターが降板される
・大学教授が解雇される …ってことが、どんどん起こるようになった。

監視カメラ・言論統制・誰かを急に逮捕する

9.11で「政府が安全保障の名の下に国民のデータを集めるのが、愛国的行動でしょ」という名目で、GoogleやFacebookと契約した。
しかも、これは秘密裏でないと意味がない。
だから、知らない間に情報が全部取られることが正当化されてしまったのが、「9.11ショック・ドクトリン」

ーーー9.11をきっかけに戦争の定義というものが、
1.時間の制約
2.空間の制約 という点で変わったとのことですが…

今までの戦争というのは、国と国との間で行われるものだった。
ところが、テロとの戦いは終わりがない
世界の果てにたった一人でもテロリストがいれば、テロとの戦いは続いている。
言い換えると、軍事予算が無制限に出せる。

そして、テロリストというのは個人なので、空間の制約に国境がない
この国を攻撃したいと思えば、「あっ、テロリストがいますよね?」と攻撃できてしまう。
軍需産業、セキュリティ産業にとっては、フリーパスを手に入れたようなもの

ーーー国防費とか軍事費が上がるんですよね?言い方は良くないですけど、政府側に関して言うと、とても良くできている…

さらに、軍人を雇う必要が出てくる。
ところが、軍人は公務員なので、福利厚生費などいろいろと費用がかかる。
なので、先ほどの回転ドアトリオ(ブッシュ、チェイニー、ラムズフェルド)が考えたのは、派遣社員にすればいいんじゃないか?…という事になり、軍人の人件費を民営化していく。


(…自分達のやりたいように自分の関係する企業に湯水のように金を出し、一方で社会的保障については民営化することでカットする。
一体、誰のための政府なのかと思うし、庶民はあなた方のコマではないはず。
これが民主主義の行き着いた先なのかと思うと、虚脱感に襲われる)
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イラク戦争における「新植民地主義」

衝撃と恐怖

911同時多発テロからおよそ1年半後、
2003年3月、アメリカのブッシュ政権はイラクを攻撃する。
「イラクは大量破壊兵器を保有している」
「サダム・フセインは民主主義の敵だ」と主張。
アメリカ軍はこの時の作戦を、「衝撃と恐怖」と呼んでいた。

これは「敵の国民の抵抗の意志に直接狙いを定めて」巧妙に練られた心理作戦だと彼らは主張する。
つまり、混乱と退行を引き起こすための感覚遮断と過負荷だ。
敵の状況把握能力や認知力を麻痺させ、「敵を完全に無能な状態にする」

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」

イラク国民を恐怖の底に突き落としたアメリカ軍は、バクダットに入る。
イラク国内では国民による略奪行為が行われていた。
アメリカ軍は、これを意図的に放置
博物館やモスクから重要文化財が持ち出されていく様子を無視した。
クラインは、文化や伝統、歴史、宗教など、人々の民族的アイデンティティーを白紙状態にしようとしたと分析する。

その上でブッシュ大統領はイラクに国防総省傘下の連合国暫定当局(CPA)を設立。
新たなルールでの統治を進めていった。
CPA代表に任命されたのは、911直後にテロ対策のコンサルティング会社を立ち上げたポール・ブレマー。
ブレマーは、フリードマン理論に沿って、徹底的にイラクの経済改革を行う。
国営企業200社を即座に民営化、貿易を自由化した。
外資に搾取され尽くしたイラクは、混迷状態に陥り、反対勢力との間で泥沼の戦闘状態に入った。

クラインは、CPAがイラク国内の復興や治安維持に力を入れず、経済面の政策だけに偏っていたことを指摘する。

イラク復興の壊滅的失敗は、もっとも破壊的なしっぺ返しー
すなわち、イスラム原理主義の台頭と宗派対立の激化を招く、直接的原因のひとつとなった。
占領当局が治安維持などの、もっとも基本的な業務すら遂行できないことが明らかになると、その空白を埋めたのは、モスクや各地の民兵組織だった。

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」

戦争と再建の民営化モデル

イラクで試された「戦争と再建の民営化モデル」は、その後、ビジネスへと変化していく。
アメリカ主導による攻撃を受ける可能性のある国を想定、アメリカ政府は、その国の復興計画を民間事業者に発注すると発表。
まだ破壊されてもいない国の復興計画を企業に作らせ
しかも、政府が公的資金で契約するという新たな「モデル経済」が誕生した。


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【考察】

ーーー「衝撃と恐怖」の作戦で、白紙の状態にして、その後を進めようということですよね?

占領したところもビジネスにする。
復興するところもビジネスにする。
全部民営化した。
例えば、占領したところというのは、これまでだったらIMFや世界銀行など、いくつかの国が交渉にあたるとか、交渉のステージというの必ずあったが、そのステップをすっ飛ばす。
全部、「民間にビジネスとして発注します」と。

さらに、爆撃・占領・復興と、全部を誰が決めたのか?というと…
アメリカの財務省が決めた。
アメリカのアメリカによるアメリカのためのビジネスということで、非常にスピーディーに行なってしまった。
破壊して復興するというのが先物商品のようになってしまい「復興計画を先に作っておいてね」と。
そして、国の予算で発注して、そのあとは破壊を待つだけ。

新植民地主義

ーーー経済的には復興した。安易な考えだけど経済が復興すれば、豊かになるから、それでいろんなところも全部復興されんだろうと、ざっくり考えていたんですが…。そこに強烈な貧富の差みたいな物ももたらされていくなると、家族を失って行き場のない子供や地域として貧困だった所とかが、このやり方では元に戻らないですよね?

商品になってしまうということは、復興のウエイトは結構低くなってしまう
なぜこの時、「新植民地主義」という言葉が生まれたかというと、現地の人はそこに参加していない
イラクの政府だったり、イラクの公務員だったり、国内企業の社長だったり、被災者だったり、そういう人たちの声は、「一切蚊帳の外」

では、誰が入ってきたのか?
アメリカのファストフードのもっとも有名なチェーン店だったり、イギリスの石油会社が投資してきたり、イラクっていう白紙になった所が、まるで「新興株」と言わんばかりに、みんな入ってきて、いわば草刈り場になった。

もう1つ被害者は、アメリカの納税者。
莫大なイラク復興予算が国会で承認されて、そちらに流れてしまった
その分、社会保障が減らされる。
だからアメリカの国内はますます貧困大国化する。

なので、この時、間違ったらいけないのは、アメリカが加害者でイラクが被害者ということではない
アメリカ国内でも市民が被害者になっているということ。


(…戦争さえビジネスの道具にして、まだ破壊されてもいない国の復興計画が先にあり、企業が主導して破壊を待って、まるで植民地化するように他の国の企業が入り込んで復興をビジネスにしてしまう。
こういう社会の仕組みに驚愕してしまうし、絶望感さえ持ってしまう)
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…ショック・ドクトリン(4)に続きます

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