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五線譜(五度圏表)で♭♯調号の付く順序の理由について

キャラクターイラスト 糸式のこり様
キャラクターデザイン 井ノ内様

 キーが変わったときに調号♭♯の付く順序については音楽初心者向け書籍や記事にもよく書かれているのですが、その理由について説明しているものを寡聞にして見ないのでここにメモります。
 理由なんて知らなくてもいろいろなキーの楽譜読み書きしてたら覚えるし、覚えられない人はEマイナーとか得意なキーに特化するだけだし、そもそも楽譜読めなくても音楽はできるからな❣

 なお、五度圏表などが手元にない方はこちらもどうぞ。


前提知識

 下記を前提として話を進めます。
(細かい話ですが、平均律で固定ドかつ英米式音名(B=B♮)とします。)

  • 五線譜は、長音階(メジャースケール)と自然短音階(ナチュラルマイナースケール)では、臨時記号を使わずに書けるようにできている

  • (平均律では)音の周波数としては

    • C(ド)≒B♯(シ♯)、C♭≒B

    • F(ファ)≒E♯(ミ♯)、F♭≒E

 ピアノの鍵盤の並びを見ればわかるのですが、B(シ)とC(ド)の間には黒鍵がないので、B♯とCは周波数的には同じ音になります。E(ミ)とF(ファ)についても同様です。

 さて、(平均律では)1オクターブには12音ありますが、五線譜上では臨時記号を用いない限り1オクターブ内にCDEFGAB(ドレミファソラシ)の7音しか書けません。
 メジャースケールの音のセットをお行儀よく?使っている曲は♯♭♮の臨時記号を一切使わずに五線譜に書き表すことができます。左端の調号さえ書かれていれば。
 つまり、そういう素朴な曲ではE(ミ)とF(ファ)が使われていることはあってもEとE♯が一緒に使われていることはありません。これがミ♯とファの違いです。周波数的には同じ音ですが、たとえば白鍵のみのCメジャー(ハ長調)スケール上では普通はFをE♯とは表しません。よくあるファミレファミレみたいなメロディにE♯E♮E♯E♮と臨時記号がついてカオスになる。

 じゃあなんで実際の譜面には臨時記号が出てくるかというと、西洋音楽ベースの音階を使っていても基本ルール以外にメロディックマイナースケールとかピカルディ終止とか借用和音とかパッシングディミニッシュとかジミヘンコードとかオルタードテンションとかブルーノートetcetcといった小技が色々あるのです。

 ちなみに臨時記号の有効範囲は音符1個限りでなく1小節ですが、これは1音だけでなくある程度の範囲で別の音階が使われていることも多いためです。Cメジャー(ハ長調)でA♭(ラ♭)だけ音符1つ分ぽつんと借りてきてもダメということはないのですが、それを使うコード中A♭を含むCマイナー(ハ短調)等に部分転調しているとみなして書いたほうがその部分に統一感が出る……場合があります。曲のジャンルや前後のつながり、鳴らしたいコードその他によりますが……。ジミヘンコードとかだとG♯G♮G♯G♮連打みたいな譜面もありうる。

五度圏表の並びから考える

 ある程度勉強した方は、調号については♯はFCGDAEB(ファドソレラミシ)の順、♭はその逆のBEADGCF(シミラレソドファ)の順に付くことはご存じかと思います。

 この順序は、調号のないCメジャー(ハ長調)を出発点とすると、同時に鳴らすと最高に気持ちの悪い音が鳴る、半音6個分離れた第7音B(シ)とサブドミナントF(ファ)の2音のうちのいずれかをずらすことで求まります。言い換えるとそれ以外の音は(♯♭1つ分のキー変更では)変わりません。

 また、メジャースケールの主音と1つ下の第7音(導音)とは半音1つ分の差しかないというのもわりと重要な点。長調で主音が主音たる理由はスケール内に「トライトーンとなる音(CについてはF♯)がない」「半音下に導音がある」「半音3つ上の音(CメジャーならE♭)は使われず4つ上(CメジャーならE)の音が使われる」の3つの条件を満たすためです。ヨナ抜きの亜種で第7音を残すことがあるのはそのほうが主音感が強くなるからですね。

 (Cメジャースケール上では)B(シ)の半音上はC(ド)なので、Bをずらす場合は♭を付けるしかありません。そちらのコースを選ぶと五度圏表を左回りにたどることになります。同様にF(ファ)をずらす場合は半音下にE(ミ)があるので♯を付けるしかありません。

 さて、下降思考のBをB♭にずらし、Fメジャー(ヘ長調)にしたとしましょう。が、そうするとまたしてもB♭(シ♭)とE(ミ)がトライトーンの関係になって不協和音を出します。(もっともご存じのように、この不協和音があるからメジャースケール上でもお行儀よく(?)セブンスコードが使えて旋律のドラマを奏でられるのですよね)
 B♭をB♮に戻すとCメジャー(ハ長調)に戻るだけなので、他に1音だけ動かすとなるとEに♭を付けるしかありません(Eの半音上はF)。すると今度はB♭メジャー(変ロ長調)スケール上でE♭(ミ♭)とA(ラ)が……と連鎖していきます。

 という風に、五度圏表を左に回る場合は、1つ右のメジャースケールにおける第7音(導音)に♭が付き(この子はシン・第4音になる)、元・第3音が新しい第7音になります。で、その上の元・第4音が新しい主音になります。

 ちなみに1~3個左(下属調~同主調)のスケールから元・第7音を借りると借用和音♭Ⅶが使え、Ⅶm(♭5)とは打って変わってふわっとした感じの音が出ます。
 どうでもいい話を添えると、Cメジャー(ハ長調)では仲の悪いB(シ)とF(ファ)ですが、他のキーで♯や♭が付くと途端に仲がよくなったりします。Dメジャーあたりのポップスのコード進行ではF♯m7→Bm7は頻出です。おまえら仲悪いんじゃなかったのかよっていうところからカップルができるベタな少女漫画みたいな関係ですね。
 とドヤ顔で書いてみたものの、現代の曲は長短はっきりしているものばかりではないので、Cメジャーキーの曲のコード進行でもF△7→Bm7(♭5)→Em7→Am7みたいなのが入ってたりするのですが。

 上昇志向のF(ファ)に♯を付ける場合も同様なのですが、♯1つのGメジャー(ト長調)ではF♯とC(ド)がトライトーンの関係になります。右回りの場合は今度はCに♯を付けるしかありません。すると次はDメジャー(ニ長調)でC♯(ド♯)とG(ソ)が……と連鎖していきます。
 と、五度圏表を右に回る場合は、1つ左のメジャースケールにおける第4音に♯がついて第7音(導音)になり、元の主音が新しい第4音になります。そして元の第5音が主音になる。

 ちなみに1つ右(属調)のスケールから元・第4音を借りると借用和音♯Ⅳm(♭5)が使え、これはⅣとⅤの間にさりげなく挟むとがんばってる感が出ます。

 さて、上記のように、♯が1つ増えると元・第4音がシン・第7音になり、♭が1つ増えると逆に元・第7音がシン・第4音になります。
 ゆえに、調号の♯を1つ増やすのと♭を1つ減らすのは同等の操作でその逆もまた然りです。

主音(キー)の上げ下げから考える

 前項ではなぜB(シ)やF(ファ)をずらすと主音が変わるのかについて書きませんでしたが、主音について考える場合は五度圏表の前後を見るよりスケール上の音のセットを考えたほうが分かりやすいかと思います。

 まずCメジャー(ハ長調)と同じ音の並びのままキーを半音1つ分下げることを考えます。ストレートに考ればC(ド)からB(シ)までの7音すべてに♭を付ければ良いです。実際C♭メジャー(変ハ長調)は♭が7個付きます。  

 しかし、調号の数は少ないほうが一般に見やすいので、C♭(ド♭)を(平均律では)同じ周波数の音であるB(シ)に読み替えてみましょう。(繰り返すけどシとドの間に黒鍵はないよ!)
 C♭とF♭(ファ♭)はそれぞれB♮(シ)、E♮(ミ)と同じ周波数なので調号が外れますが、その他の5音は一つ下の音の♯になります。これが♯5つのBメジャー(ロ長調)。

 次にBメジャーのキーを半音1つ下げるとB♭メジャー(変ロ長調)になりますがこれは簡単です。B(シ)、E(ミ)が♮→♭になり、その他は♯が外れるだけ。

 問題はその次で、B♭メジャーから半音1つ下げようとするとBとEが𝄫(ダブルフラット)になってしまいます。この記号自体はフラット系メジャーキーのサブドミナントマイナーコードあたりで見るかもしれませんが(メジャースケールの)調号としてはそうそう使われない。
 B♭メジャーの段階でA♯メジャーに読み替えようとしても、例えばG♮はF×(ダブルシャープ)になってしまいます。これもG♯マイナー(変ト短調)の譜面があれば導音の臨時記号として見る可能性大ですが。
 なので、とりあえずB𝄫メジャーなるものの音階を書き出してからそれをA(ラ)に読み替えると、B𝄫(シ𝄫)、E𝄫(ミ𝄫)および黒鍵の手前のC♭(ド♭)、F♭(ファ♭)が1つ下の音の♮になり、他の3音に♯が残ります。
 これが♯3個のAメジャー(イ長調)です。

 キーを上げるほうについても考え方は同じです。
 お気づきかもしれませんが、Y♭を異名同音である[Yの1つ下]♯ないし♮に読み替えると、調号♯の数は「12-読み替える前の♭の数」になります。その逆も同様です。
 また、キーを半音複数個ずらすと♭または♯の数は「キーをずらした数×7を12で割った余り」変わります。あまりそのようには考えないと思いますがCメジャー→Dメジャーのような全音上の転調は7x2÷12の余りで♯+2になりますね。位数12の巡回群になるような気がしますが代数学はだいぶ昔に忘れました。

トライトーンを1組しか含まない音階は12通りしかない

 とりあえず基準ピッチA=440Hzとか旋法の軸音とかその辺の話は置いておきます。
 12平均律の音のうち7音を選んで音階を作る場合、トライトーンを1組しか含まず、かつ各音の距離すべてが半音2つ分以内の音階(=CDEFGAB(ドレミファソラシ)と調号♯♭で表せる)というのは、五度圏表にある12通りしかありません。

 メジャースケールを元にその中の1音を五度圏表の真反対にある音と組み替えるとトライトーン1組の音階にはなりますが、それは半音3つ分以上離れた2音を含むものになります。
 両脇の音との間が飛ぶことになるになるので変わった音階になるのはすぐ分かりますよね。例えばCメジャー上のE(ミ)をB♭(シ♭)と入れ替えるとD(レ)→F(ファ)と並ぶことになる。その音階でFをE♯とするとGはF×(ダブルシャープ)になり、♯♭だけでは7音の調号を書き分けられません。

 畢竟、「五度圏表の並びから考える」で述べたB(シ)とF(ファ)をずらして作る音階と、「主音(キー)の上げ下げから考える」で述べたスケール内の音すべてずらしてから異名同音を読み替え調号を整理して作る音階とは、(平均律においては)調号の数で並び替えれば両者ともまったく同じ12通りの音階ができます。
 なので、目的によって使いやすいアプローチで五度圏表を回せば良いのです。

 まとめると次のようになります。

  • メジャースケール(長音階)の基本ルールではCDEFGAB(ドレミファソラシ)のうちの同じ音の♯♮♭を混在させることはない。

    • 調号なしのCメジャー(ハ長調)にF(ファ)があっても、それを同じ周波数のE♯(ミ♯)とは(そこで何か上級テクニックを使っているのでもない限り)書かない。

  • ♯か♭を1つ増やすときは、元のメジャースケールでトライトーンを構成する第4音(サブドミナント)と第7音(導音)のいずれかに付く。

    • 調号の♭が1つ増えることと♯が1つ減ることは(平均律では)同等の操作。どちらも第4音と第7音が入れ替わる。逆も同じ。

  • ♭が付く(あるいは♯が外れる)音は、♭-1(♯+1)のメジャースケールの第7音で、新しい第4音になる。元の第4音が新しい主音になる。

    • 例として、Cメジャー(ハ長調)→Fメジャー(ヘ長調)→B♭メジャー(変ロ長調)→E♭メジャー(変ホ長調)の場合はB(シ)→E(ミ)→A(ラ)の順に♭が付く。

  • ♯が付く(あるいは♭が外れる)音は、♯-1(♭+1)のメジャースケールの第4音で、新しい第7音になる。元の第5音が新しい主音になる。

    • 例として、Cメジャー(ハ長調)→Gメジャー(ト長調)→Dメジャー(ニ長調)→Aメジャー(イ長調)の場合はF(ファ)→C(ド)→G(ソ)の順に♯が付く。

  • 主音(キー)を半音1つ分下げると調号は♭7つ、半音1つ分上げると♯7つ増える。

  • 異名同音(D♭(変ニ)/C♯(嬰ハ)等)のキーYをキー[Yの1つ下]♯ないし♮を読み替えると、♯の数は「12-♭の数」になる。逆も同様。
    C♯(嬰ハ長調、♯7つ)とD♭(変ニ長調、♭5つ)は平均律では同じ音階。

  • キーを半音複数個分上げると、♯の数は「ずらしたキーの数×7÷12の余り」増える。逆も同様。
    なのでCメジャー(ハ長調)の同主調平行調E♭(変ホ長調、Cメジャーから見てキー+3)は「3×7÷12」の余りで♯9→♭3。

教会旋法への拡張

 教会旋法を使う場合は、各旋法の軸音を主音とするメジャースケールないしマイナースケールの調号と各旋法の特性音が分かっていれば、その旋法の平行調となるメジャー/マイナースケールをすぐに割り出すことができます。

  • マイナースケールはメジャースケールからみて♭3rd、♭6th、♭7thの差異がある
    →YマイナースケールはYメジャースケールから見て♭+3

  • Yリディアンの特性音は♯4th
    → Yメジャースケールから見て♯+1

  • Yミクソリディアンの特性音は♭7th
    → Yメジャースケールから見て♭+1

  • Yドリアンの特性音は♮6th
    (=Yマイナーの平行長調から見ると♯4th)
    →Yマイナースケールから見て♭-1
    もしくはYメジャースケールから見て♭+2(=+3-1)

  • Yフリジアンの特性音は♭2th
    (=Yマイナーの平行長調から見ると♭7th)
    →Yマイナースケールから見て♭+1

  • Yロクリアンの特性音は♭2th、♭5th
    →Yマイナースケールから見て♭+2

 たとえばAミクソリディアンは調号なしのAマイナー(イ短調、主音ラ)から見て♯+2(=+3-1)なので、♯2のDメジャースケール(ニ長調、主音レ)をベースにAを軸音として鳴らせば良いことが分かります。つまりF(ファ)とC(ド)に♯が付く。

 まあ、基準メジャー/マイナースケール上のサブドミナント4th(→ミクソリディアン/フリジアン)ないしドミナント5th(→リディアン/ドリアン)を主音とするスケールとして探したほうが楽かもしれませんが。。