PBWのモラトリアム

 73日と4時間強である。(執筆日2021年10月7日16:21現在)

 そう言われても何が何だか分からないとは思うが、これは私が自身が営む事業に関わるとある重要なビジネスメールを送付してからの時間である。

 敢えてこのテキストを読んでいる人間の大多数は私について改めての自己紹介は必要ないものと思われる。しかしながら奇跡的にネットの海を彷徨い、有り得ざる場所に漂着した方の為に一応名乗りを上げておくと、私は『YAMIDEITEI』というペンネームでクリエイティブ活動を行っているライターだ。専門のジャンルはサブカルチャー的なテキストのライティングで、もう少し狭義に言うならば専らゲームのテキストを書くシナリオライターをしている。自己認識においては小説が専門なのだが、実際の仕事は経営とゲームデザイナーに近く、年々ライティング以外のウェイトが上がっているのが実情だ。

 現在は合同会社Re:versionという会社で『Pandora Party Project』というゲームを運営している。PBW(Play By Web)というジャンルのゲームであり、その詳細はここでは触れないが私は良く簡易に表現する時、TRPGの『はとこ』のような存在だ、と説明する事が多い。

 ともあれ、だ。(商業)PBWというものの内容がどのようなものであるにせよ、原則的に有償でお客様(ユーザー)から代価を受け取り、代わりにサービスを提供するという一般的なネットゲームの形状と同一である事は同じである。

 本作はそのPBWに関する運営の話だ。現役運営者が主観的に語る、PBWを取り巻く業界の現状。納得がいくかどうかは読者に決めて頂く事として、題して『PBWのモラトリアム』。

 これだけ娯楽の飽和した社会においては、例えばブラウザゲームにせよ、MMOにせよ、今をときめくソーシャルゲームにせよ、『ネットで遊ぶゲームを知りたい』という動機さえあれば、気合いを入れて調べたりしなくてもそれこそ山のような遊び切れない位のゲームを見つける事が出来る。良くネットゲームは玉石混合であると言われるが、内容の程度を捨て置けば100や1000のタイトルでは間違いなく利かない位の新しい体験に出会う事は可能だろう。

 しかしながらこれは前置きである。先に説明した『PBW』なる奇々怪々なジャンルの場合、『かなり気合を入れて調べても』発見出来るタイトルは精々が2~30程度であるのが関の山であろうと思う。もっと言えば現在でも進行している現行タイトルに到っては恐らく10も無いだろう。(かなり小規模な有償タイトル、ないしは無償の同人タイトルを含めればもう少しあるかも知れない。あくまで有償タイトルについて筆者が承知していないという話である)

 つまり、ドン引く程に無茶苦茶ニッチな業界である。あくまで(PBWには並外れて詳しいと自称してるけど)私の推測ではあるが、ユーザー数は最大瞬間風速までカウントしても3000~程度。常在強度高めに遊んでいるユーザーに到っては1000居れば御の字である。勿論、業界全てを通じてである。

 PBWの歴史は意外に古く、かつてはPBM(Play By Mail)と呼ばれる郵送媒体のRPGが母体であると言われている。ここで重要なのはMailが和製英語のメール(emailを指す場合が多い)ではなく『本当に郵便』である点だ。やはり説明の難しい話であるから、詳細の解説は別所に譲るとして、PBMがその維持困難な形式上、事実上の破綻や終焉を見た後にPBWは誕生した。かつてのM(郵便)をW(ウェブ)に置き換え、持続可能な工数に落とし込んだという訳である。

 PBMの文化がPBWに何処で移行したかの厳密な時期は兎も角、凡そ90年代後半から00年代初頭には商業PBWの作品は完成していたようだ。(株)テラネッツ(当時)の産み出した作品が最初のものだと思うが、それから二十年余、PBWの運営会社は集散離合、枝分かれを繰り返し現在までに十社程の会社がサービスを提供してきたものと記憶している。

 さて。前身のPBMが事業として継続性を失った最大の理由は『人力工数の大きさ』である。そしてもう一つ併せるなら『継続的収益性の低さ』であった。

 PBMは一般的なやり方の一つとしてゲーム期間を定め、該当期間にゲームに参加する為の権利をプレイヤーに販売していた。つまり、一年のゲーム期間があるとするならば『一年分を始まる前にまとめて売る』という形式だ。運営側からすれば途中のゲームからのドロップアウトについても取りっぱぐれる事は無く、長期間分の払い込みという事である程度まとまった金額を得やすい(要求しやすい)事がメリットだと考えられるが、エンドユーザーに対して一度に要求出来る金額というものには往々にして限度がある。作品毎によって差はあるが、これは数千円から一万円台位のものが多かったようだ。

 初動についてはそういう形状であり、例えば参加費用10000円で1000人を集めたゲームであれば、初動で1000万の売上という事になる。これ自体は小さな金額ではないと思うが、問題なのは参加費用は旅行会社で言う『前受け金』に相当する事である。既に代価としての金銭は受け取っている訳であるから、運営会社はそれ以上の金額を要求する事は(原則的に)無く、お客様にサービスを提供する必要があったという訳だ。『一年間』。

 勘のいい方ならばお気付きだと思うが、『一年間』もの長きに渡り『多人数での作業的工数を必要とし』、『郵便』を媒体にしてゲームを進行する事にはかなりの無理があった。郵便物の仕分け、返送といった物理的工数、個別のプレイヤーに対して結果を作成しなければならないという作業の精密性、膨大な情報の全体コントロール。先に述べた通り前受金である事から参加費用以外の金額は徴収しにくく、長丁場を最初に得た売上のみで乗り切らなければならないという形式は現場に相当の負担と無理を強いたものと聞いている。むしろ無理をしなければ絶対に回らないという形式であったと言った方が正しい。

 PBMでクリエイターをやっていた(特にライター)中には後の何々さんと呼ばれるような結構な大物も多く、謂わば当時のPBMライターはその手の業界の登竜門的な存在であった雰囲気はあるのだが、それはさて置き。単純に事業的な利益の面から厳しかったPBMは燦然たる瞬間の煌めきをゲーム史に残したものの、最終的には下火にならざるを得なかった。

 前置きがとてつもなく長かったが、そんなPBMをウェブ媒体に切り替える事で問題を解決したものが本件の主題となるPBWである。

 PBWがPBMに比して経営的に優れている点は三点である。

一、物理的拠点の重要性が低く、継続コストが極めて低い

 オフィス等の持続インフラコストは大変に高い。しかし、実際にインターネットを介在して全て在宅ワークで運営している会社もある。弊社もそうである。そういったインフラを無視した場合、PBWを運営するのに必要なコストは人件費を除けば制作物の代金とインターネット上で事業を行う為の諸費用で済むようになる。(証明書、ドメイン、サーバー代等が相当するが規模次第では月額にならして数万円以内で収まるだろう)

二、従量的課金システムを採用している

 PBMの収益問題を抜本的に否定し、改革している。言ってしまえば基本無料のネットゲームと同じである。かつて参加費用として金額を徴収していたPBMは謂わば『買い切り型のゲーム』である。そしてPBWは基本無料で参加費自体は徴収せず何かしたい時にしたいだけ徴収する。『ソーシャルゲーム型のゲーム』である。賛否は兎も角にして収益性は比べようがない。又、都度課金のシステムは『先に徴収する為、終わらないと次の収益がない』PBMの問題も解決し、(売れる限りは)タイトルを長期運用する事が可能になった為、タイトルの開発コストも減少した。

三、そもそもウェブが滅茶苦茶都合がいい

 お客様との双方向コミュニケーションを行う媒体が『郵便』と『ネット』ではウサギと亀というレベルではない。PBWが生じた二十年前のネット環境は今とは比べるべくも無いが、年々インターネットの環境は高速化しており、技術的躍進は著しい。先に一で述べたコストの話も同じである。昔ならば自社サーバーを立てて何十万や数百万をかけて運用しなければ出来なかった事が、今ではレンタルサーバーで数万円で可能である。特にこの差は年々大きくなっていくものであり、絶大な差は不可逆的な要素である。

 ……と、まぁそういう訳でこの二十年余PBWは『大変ニッチな業界』でありながら、『PBMに抱えていた幾つかの問題を解決』し、『実はかなり右肩上がりで発展をしていた』のである。

 しかし、ここからが本題だ。私はこれを或る意味での『過去形』だと考えている。厳密に言えば『過去形になりかけている』というのが正しいかと思う。PBWは元来大変にニッチな世界である為、極めて精緻に細々と『そういったものが好きなお客様にリーチする』事で成り立っているふしがある。蓼食う虫も、と言えば少し良くない表現かも知れないが、たった十社足らずの会社は(規模に差はあれど)何れも『個人の好みに対しての受け皿』であり、運営が多少拙かろうと様々な問題があろうともお客様が良いというのならばそれは成り立つし、必要な状態だったのである。

 しかし前述した通り――これはあくまで筆者の推測と肌感なのだが――これが昨今、ほんのこの数年の間に崩れている。十数年全く揺らがなかった『PBWの原則』という屋台骨がかなり大きく軋んでいるのを感じている。何が原因かと言えば、『何につけても滅茶苦茶優しいお客様が俄かにグルメになってきた』のである。

 ……何を言っているのだ、と思われるかも知れないが事実である。嘘でも世辞でもなくPBWのお客様は滅茶苦茶に寛大だ。私はこの界隈のお客様を全てのネットゲームの中で最良最高のお客様であると確信している。理由は幾つかあるのだが、分かり易い所を言えば以下である。

一、課金率が滅茶苦茶高く客単価が死ぬほど高い

 一般にソーシャルゲームは上位1~3%の課金者がゲームを支えていると言われている。超微課金を加えればひょっとしたら3%より課金者数は多いのかも知れないがそんな事はどうでも宜しい。PBWの課金者率は登録ユーザーの30%を超えている。つまりユーザー登録したら三人に一人は課金してくれる。これを神客層と言わずして何と言えようか? 尚、弊社は課金率が32・3%である。ビッグデータと呼ぶには心許ないが根拠はある。つまり、PBWユーザーの実登録数は他ジャンルと比較した時、十倍の価値がある。そして競合他社は精々十社しかない為、狭小のパイの奪い合いであっても或る意味ブルーオーシャンである。パイは全く増えないけれど。そして、当然ながら『お金を払わないと出来ないゲーム』である為、顧客一人一人の持つ生涯価値(ライフタイムバリュー)がとてつもなく高い。所謂ソシャゲの重課金兵と言われるような方がさしたる特異性も無く野心も無く佇んでいる。最強だ。

二、最初に始めたり馴染んだりしたゲームを親と思う習性がある

 半分冗談だが、もう半分はそうでもない。PBWに限らないがユーザーは自分がその界隈で始めた最初のゲームに強くついていく傾向がある。品質を激しく問うというよりは、愛着をもって愛でゲームを続けてくれる(事が多かった)。つまり、運営会社は強い開発や積極的な運営、マーケティング、顧客満足度の獲得等に苦心惨憺しなくてもお客様は愛情をもって『何となく』ついてきてくれるケースがかなり多かったように思える。ユーザーは流動的ではなく、比較的各社に滞留していた。これはあくまでPBWというジャンルのゲームを二本運営したYAMIDEITEI個人の肌感なので、そうでないお客様は多いと思うし、そうでなくても構わない。ただ、私はそう思っていた。

 先に述べた『屋台骨が軋んだ』というのは二の習性の急激な変化を感じている点である。言い方は大変に悪いが旧来のPBWはお客様が非常に寛容で優しかった為、『何となく惰性で運営していてもついてきてもらえた』のである。『運営にやる気があろうとなかろうと』『開発を止めていようと進めていようと』『サービスに纏わる瑕疵があろうとなかろうと』『適切な対応をしようとしなかろうと』許して貰えてはいないのだろうが、ゲームの運営自体には致命的な問題を生じなかった『事実』があった。言うまでも無くランニングコストの低さから『倒産(破綻)耐性』が極めて高い事も、そういった惰性を後押しする。

 しかしながらこの数年、娯楽の多様化や多くの競合サービスが開発された事もあってか、お客様側から感じていた『まぁ色々あるけど選択の余地がないし、続ける事には変わらない』の感覚がかなり薄れてきたように思えている。要するに色々なものを食した結果、以前よりずっと『グルメになっている』という訳だ。『PBW内部に選択の余地が薄いのは変わらないが、そもそもPBW以外にも選択の余地がある状態』になっているという事である。

 上述は私の推論に過ぎないが、或る程度それを実証するデータがある。PBWは成り立って以後、数年前までは一貫してタイトルの長期化が進んでいた。業界最大手の(株)トミーウォーカーの作品、TW1『無限のファンタジア』以降、多かれ少なかれ各社のタイトルは長期化を極め、一タイトルで五年を超える作品も少なくはなくなった。

 ……が、足元だけを見るとこの状態が大きく変わっている。具体的な全てのタイトルを出す事は避けるが、直近サービス終了したタイトルを見ると超長期運営を大団円の下終了したTW5『ケルベロスブレイド』を除けば、1~3年(と少し)程度の比較的短いスパンでサービスを終了している。また最近の新作についても開始当初から登録数が今一つ伸びない、サービスインしたてのゲームであるに関わらず、シナリオの参加者定員が揃わない等、これまでには余りなかった状況が散見される。但しその一方でその間に新規サービスインしたTW6『第六猟兵』やTW7『チェインパラドクス』のように好調なサービスも無い訳ではない。手前味噌ながら弊社の『Pandora Party Project』も同じ事だ。

 つまり、二極化が進んでいるという事だ。比較的短いスパンでのサービス終了を余儀なくされるゲームが産まれる一方で、爆発的な好調を見せるゲームもある。今後の新規作品は正直を言えば『かなりの逆風に耐える必要がある』と思っているのだが、それは恐らく全ての作品ではない。

 PBW業界には長らくモラトリアムのような時間が流れていたと思う。サービスの内容を競ったり、他社より或いは自社の昨日のサービスより。より良くしなければならない、という飢餓感に欠けていたように感じている。これまで述べてきた『PBW業界の変化』というものは遅れてやって来たモラトリアムの終わりなのではないか、と感じている。

 無条件な右肩上がりは『恐らく』もう見込めない。PBWという業界は高度成長期であるというより、円熟期、或いは緩やかな衰退期のフェーズに差し掛かっている。但し、これは『これまでのような無条件なものが見込めない』だけだ。各社がサービスを切磋琢磨し、より良いものを作り出せば、ブレイクスルーを果たせばまだ挽回は可能な領域であろうと思っている。

 さて、ここまで読んでくれてありがとうございます。

 落ちの代わりに一番最初の話である。私はさる7/26日PM12:04頃、PBWの運営を終了するという会社にアーカイブ事業を引き継ぎたい旨のメールを送信した。終了したPBWのアーカイブは運営会社の義務ではないが、PBWはその性質上、多くのプレイヤーやクリエイターが関わるものである。そういった人達の軌跡や作品が閲覧出来ない状態になる事は忍びないものがあるのは想像に容易く、これまでの諸作品においては『少なくとも閲覧できる状態』でインターネット上に残されている事が殆どだったからだ。(データや閲覧機会の消失は文化史の厄介な敵である。実際問題として、郵便媒体で展開されていたPBMのデータはあくまで個人のアナクロ的所有である為、散逸してしまう事が多く、完全な状態で残されているものは多くない。近年はNPO法人PBMアーカイブスが立ち上げられ、散逸した文化的軌跡を収集する活動を行う、という報もあった)

 但し、運営会社に何ら収益を生む事は無く、サーバー代等で年間十万単位(推定)の費用を強いるアーカイブ事業の継続を当然のように求めるのは酷である。従って、私は『(今後弊社が健在である限りではあるが)PBW史を残す為、永続的アーカイブのみを利用目的とした金銭での事業購入』を提案した訳であるが、73日と4時間強、全く音沙汰は無い。

 PBWという世界を覆っていた無条件のモラトリアムが終わるという事はそういう変遷に差し掛かるという事でもあるのだろう。今後、中途頓挫のような形になる運営は増えるかも知れない。或いはアーカイブが(半)永続を約束されない場合もあるのだろう。

 お客様にはくれぐれも悔いのないPBWライフを送って欲しい。

 そしてこの記事の一切合切を要約するならば、単純にPandora Party Projectをやりませんか、という事であるのは言うまでもない。

※10/15後記

 その後、75日を数えるか数えないかの頃、先様とお話をさせて頂けた。

 相互で検討を行った結果、条件方面で折り合う事が現状難しく、弊社によるアーカイブの引継ぎは恐らく困難であろうという結論に到った事をお伝えしておく。

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