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子供の頃に置いてきたもの

あれは多分私が保育園か小学校に入りたての頃の事。(この辺の時期の記憶が曖昧)
父、母、兄、私、そして父が務めていた会社の部下のおじさん夫妻で隣県にある温泉宿に泊まりに行った。

その温泉宿は目の前が海だった。海岸に下りて行くと岩肌の浅瀬が広がっていて、潮溜まりにいるイソギンチャクを見て兄と「気持ち悪い」とゲラゲラ笑った覚えがある。
宿はとても趣のある建物で、部屋には海を臨めるプールまで付いていた。(季節的に泳げなかったけど)

夕食は宴会場で頂いた。
流石にどんな料理が出てきたかまでは記憶に無いが、良い宿なのできっと美味しい物ばかりだったに違いない。
父と部下のおじさんは沢山お酒を飲んですっかり出来上がっていたことだろう。この辺りも記憶には無いが、如何せん酒呑みの食事は長い。中々終わらない夕飯に子供の私は退屈していたと思う。

そんな時、私に手招きをする女の子が居た。
私は誘われるまま、宴会場を抜け出しその子のところへ行った。歳は同じくらいだったと思う。

…なんて書くと宿にまつわる不思議な話が始まりそうな予感がするけど、何て事は無い。その子は宿の若夫婦の娘だった。
父の晩酌が中々終わらないので、きっと母が行っておいでと私に言ったのだと思われる。
その子はこっちこっち、と仄暗い廊下を奥へ奥へと進んだ。言われるまま着いて行った部屋はやはり薄暗く、整然とした宿の中と違って何と無く物が多く散らかっていた。きっとあそこは宿の経営者の居住スペースだったのだと思う。
その女の子と何を喋ったのか、何をして遊んだのかは全然覚えてない。多分、その子が自分のおもちゃを出して来て人形遊びなんかしたのだと思う。
薄暗い部屋で声を潜めてする遊びは、子供心にドキドキして楽しかったという覚えはある。

子供の頃は初対面の子ともあんなに気軽に楽しく遊べたのに、いつから自分は人見知りでコミニュケーションが下手くそになったんだろう、と思う。(まあ子供なんてみんなそんなものだろうけど)
ある意味では色んな分別や慎みが備わって大人になったと言えるのだろうが、もう少しあの頃の性質を残して大人になりたかった。

その後その宿に行く事は無かったし、あの時の女の子の名前も覚えていない。彼女はお嫁に行ったのだろうか、それともお婿さんを取ってお家を継いだのだろうか。もしくは全然違う生き方をしているかもしれない。

あの子は私の事を覚えていないかもしれないが、いつかその宿に泊まる機会があったら宿の人に尋ねてみようかな、と思う。
(それで「うちには娘はいませんけど」なんて言われてしまったらそれこそ途端に怖い話になってしまうけど)

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