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魔法少女にはなれないし、世界は残酷なほど平常運転だよ

子供の頃、小石を拾うのが好きだった。

どんな小石でもいい訳じゃない。
形が珍しかったり、余り見かけない変わった色をしていたり、角が取れてとてもつるつるしていたり、きらきら光っていたり。
学校の帰り道なんかにそういう石を見付けては、大事に持ち帰り綺麗に洗って仕舞っていた。
実家の庭には一部玉砂利が敷かれていたが、一様にお寺に敷かれているような艶の無い無骨な黒っぽい石ばかりで何の魅力も無かった。

特に気に入っていたのはサツマイモの皮みたいな赤紫色の石に太い白い筋が斜めに走ったものと、碁石みたいに平べったくてやたらすべすべしていてベトナムの磁器みたいな淡い緑色をした石。
花崗岩みたいに地味だけどきらきらした粒を万遍なく散りばめたような石も良かったけど、ゴツゴツした一見平凡な石の中に突然石英のような綺麗な透明な塊が現れている石はもっと好きだった。小さくて全体は白っぽかったけど全部が石英の結晶で出来ているみたいな小石は特に特別な宝石のようで大事にしていた。

石と言えば、これは小石ではなく大きい石の話だが、小学校からの帰り道の脇に資材置き場のような草ぼうぼうの場所があった。そこの真ん中辺りには何の木か分からないけれどほっそりした木が1本だけ立っていて、その傍らにかなり大きな石が置かれていた。人間何人か分くらいのサイズはあり、クレーンで吊らなければ動かせないような石だ。
誰が最初に言い出したのかは分からないが、その石は老人が片肘をついて寝そべっているような形をしていて、その口に当たる場所に触ると吸い込まれてしまうという妙な都市伝説のようなものがあった。
今見ても本当にそんな形をしているかは分からないが、七福神の大黒様みたいなお腹のでっぷりした人が片肘を付いてそこに頭を載っけているようなイメージだったと思う。(川下りの途中にあるカエル石やライオン石みたいなもので、ああ、言われたら見える、くらいの感じ)
口に触ると吸い込まれるというのは何だか真実の口の変形みたいな話だ。勿論本当に吸い込まれた子供が居る訳ではないけれど、枯れ草に覆われた中にぽつんと石があり、今にも立ち枯れそうなガリガリの木だけが寄り添うように立っている、そのうら寂しい雰囲気がその噂にほんの少しだけ真実味を与えていて子供心に怖かった。

小石の話に戻るが、綺麗な石は無いかと目を光らせる内に、私の中には妙な妄想が生まれるようになった。
それは、とびきり綺麗な石がその辺の地面に埋まっていて、見付けた私に何か特別な力を与えるのではないかという妄想である。
とびきり綺麗というのは、例えばセーラームーンに出てくる幻の銀水晶みたいな、美しいカッティングの施された光り輝く石のイメージだ。(世代なのでね)
勿論本気で思っていた訳ではなく、妄想である。
しかしその妄想はほんの一時私を全く違う世界に連れ出し、胸を躍らせた。

田んぼのあぜ道の土に、ほんの少し光る石の先っぽが覗いている。(場所にロマンが無いのは子供なので仕方無い)
私は指先が泥に塗れるのも構わずそれを掘り起こす。
そうして石を手にした私は特別な力を与えられ、変身したり世界の為に悪と闘ったり、時には不死となりそれと引き換えに孤独な存在となったりもする。

残念ながら私が路傍の小石以上の美しい石を発見する事は一度も無かったし、特別な力を与えられる事も無かった。
何処かのお土産だったのか、兄から表面を物凄く研磨してつるつるにした小石を貰った事があった。その光沢には目を見張ったが、何か違った。
そして集めて大事に仕舞っていた小石たちも、誰かに「石には魂が宿っているから手元に置いておくのは良くない」と迷信めいているが少し怖い事を言われ手放す事にした。
とは言え愛着があって遠くに放り投げたり川に捨てたりするのは気が引けたので、こっそり庭の砂利に混ぜておく事にした。今でもよく探せば実家の庭で彼等と再会出来るかもしれない。

そして小石を巡る妄想は、その後「現実逃避」というものに名を変えて私の中に少しだけ残ってしまった。
信じたくない現実に直面した時に、「こんな筈ではない、これは何かの間違いだ。明日になれば全てがリセットされている」と、強烈に思い込もうとする何の利益も産まない思考が時折頭を擡げた。
石によって魔法を得るように、全く違う自分に変身するように、全ての失敗が無かったことになればいいのに、と。眠れば変わらず明日が来てしまうから眠らず狂ったようにそう念じる時もあれば、さっさと眠りに逃げてしまう日もあった。
これまた残念ながら、願っただけで劇的に現実が変わるなんて事は絶対に無い。

しかし世の中には不可解な事も沢山ある。
私は特別な石がその辺に埋まっている可能性に気付いてしまったが為に、選ばれなかったのではないか。きっとそんな事を考えもせず日常を送っている純粋で溌溂としてほんの少しおっちょこちょいな美少女が、綺麗な石に選び出され世界を救うのだ。

私が知らないところで選ばれた少女たちが世界の為に闘っているのかもしれないし、ふざけて近付いた子供が人知れず石の老人の口に吸い込まれているのかもしれない。

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