【江談抄】4-66 東行西行雲眇々 二月三月日遅々
【原文】
東行西行雲眇々 二月三月日遅々
菅家後集 楽天の北窓三友の詩を読む
この詩は後代に及び、菅家の人の室家、北野に参らしめて詠ぜしむる間、天神教えしめて曰く、「とさまにゆき かうさまにゆき くもはるばる。きさらぎ やよひ ひうらうら」と詠ずべしと云々。
【現代語訳】
(私達の身の上のように)雲はあちらへ行き、またこちらへと遥かに空を漂い、二月、三月の春の日あしはのどかである。
菅家後集 白居易(白楽天)の北窓三友の詩を読む。
この詩は、後世にまで伝わり、菅原氏のどなたかの夫人が北野天満宮にご参詣なさってこの歌を吟していたところ、天神様が(舞い降りて)「とさまにゆき こうさまにゆき くもはるばる。きさらぎ やよい ひうらうら。」と吟ずるのだ、と教えてくださったとか。
【解釈…というか感想】
「菅家の人の室家(菅原家の人の夫人)」とありますが、敬意の丁寧さから、この夫人が非常に高貴な方ということがわかります。語り手はこの夫人が誰だかわかっていながら、ぼかして語っているのでしょう。
ここからは完全に個人的な感想ですが、この夫人が宣来子だったらいいなあと。宣来子は後に北政所吉祥女として神格化されますので、この敬意の丁寧さも理解できます。(むしろ、ここまで敬語が必要になる関係者女性が他に思い浮かびません。ご存知の方がいたら教えてください!)
なお、この話は今昔物語集の24巻-28(岩波文庫だと(中)に掲載)にもあります。そちらだと天神様が夢枕に立って教えてくれています。
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