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つなぐ人 第一回 ~ 新保吉伸     ◆ダイナースカード会員誌『SIGNATURE』より。

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STAYHOME。命をみつめるがゆえの緊急事態宣言。多くの愛するレストランが苦境に立たされています。ということは、その向こうにいる生産者さんも。そしていつもは私たちの目には見えない、仲卸さんや問屋さんも。彼らは生産者と、店・シェフを『つなぐ人』。決して目立たず、表にでてくることもほとんどありません。

日本の飲食店を支える、大事な人たち、『つなぐ人』。脈々と続く、目利きという『技』。日本の食材は、世界のどこよりも、魅力的で、力がある、そして進化し続けている、と言われます。『つなぐ人』こそが、その立て役者だと思います。この逆境で、絶えてもらっては困る。

そんな思いを込めて、こんな事態になる前の3月上旬、ダイナースクラブカードの会員誌『シグネチャー』4月号に掲載していただいた、『つなぐ人 第一回 新保吉伸』を、関係各位のご理解を得て、ここに掲載します。

実はこの『つなぐ人』、連載として、第二回を予定していました。なんでも産直!が流行る中で、私は仲卸や問屋さんの力を改めて強く感じる経験をいくつかしました。厳しい環境の中で生き残っている現代の『つなぐ人』の凄さ。表に出たがらない職人気質の方が多いけれども、今だからこそ話を聞きたい、書きたい、と思うようになりました。なによりかっこいいいから、この仕事にあこがれる人が増えるんじゃないかという期待も込めて。自由にまた取材できる日が来たら、今の苦しい日々のことも含め、現代の『つなぐ人』を訪ねたいと思っています。


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〇日本では昔から、目利きの仲卸や問屋が、生産者と小売店や消費者をつないできた。ここでいう「つなぐ人」は、少し違う。
どんな生産者と、どんな消費者をつなぐか?どうつなぐか?その先にどんな客がいるのか?全貌が見える位置に立ち、自らとそこに参加する全員をボトムアップさせる、かくれた演出家のような人のことだ。
流通に自由度が増し、なんでも安易に生産者から直接買えるようになった今だからこそ、逆に最高にかっこいい。
そんな「つなぐ人」を取材した。

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新保吉伸。数々のメディアが取り上げ“どんな肉でもおいしくする”と言われる男。
その本拠地は滋賀県の南草津にある。新保は前日の夜たとえ東京にいても、始発の新幹線に乗り、ビシッとアイロンの当たった仕事着で、9時にはピカピカに磨かれた作業台の前に立つ。

新保にとって“おいしい肉”とは何だろう?
「人によっておいしいは様々ですよね。僕はどこへ行っても、自分が扱う肉よりおいしいと思う肉に出会ったことがないんです。」
 つまり、サカエヤの肉が新保にとってのおいしい肉。ではサカエヤの肉はどんな肉なのか?

長い付き合いで寝食も共にした農家が育てた近江牛の熟成肉。「自然なサシ(脂)はあります。等級で言えば、A2というところかな。A5を目指して無理をして育てた肉ではありません。今のA5は、サシが70%くらい。それを僕は食べたいと思わない。」
北海道の牧草地を駆け巡り、日本で唯一365日、完全放牧で、草だけを食べて育つアンガス牛、『ジビーフ』。究極の赤身だ。
「筋肉質だし、水分も多い。納得できる肉にして提供できるようになるまで1年以上かかりました。切った瞬間に草の香りがする、この肉だけの持ち味です。」
阿蘇で東海大学が育てるおかあさんあか牛(経産牛)。岡山の吉田牧場の搾乳ができなくなった高齢の乳牛、ブラウンスイス牛。三重県の愛農高校で高校生が育てる豚・愛農ポーク。
サカエヤには、生産者が新保を選んで託し、新保自身が思うおいしい肉に仕上げた「ここにしかない肉」が並ぶ。
ここにしかないから、欲しければここで買うしかない。シンプルなことだが、一朝一夕でたどり着いたわけではない。


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◆自分が食べたい真っ当な肉を売る
  2001年ごろから5,6年にわたり、日本をBSE問題(牛の牛海綿状脳症に端を発し、牛肉偽装問題などに至る社会問題)の嵐が襲った。多くの精肉店、焼肉屋、肉料理屋が姿を消した。
新保も荒波にもまれ転覆しかけた。27歳で独立し、チャンピョン牛を毎年落札し、その名を轟かせたのに、40歳を前にして一転、得意先はゼロになったという。
「でも、これしかできないから、やめるわけにはいかない。」

どん底で出会ったのがインターネットだった。自分で写真を撮り、商品説明を書いた。誰よりもサカエヤの肉の魅力を語れるのは自分だから。
「下手でも、写真や文章に心が入れられるのは自分だけでしょう。今もそうしています。」
そのうちに、新保が惚れる肉に、同じように惚れてくれる人が本物の取引先になるのだ、と気づいた。かつては、得意先と話を合わせながら舌を出している自分がいた。あんな営業には意味がなかった。口下手だが、真っ当な肉についてなら話したいことはたくさんあった。


「シェフとも下請けの御用聞き、という立場じゃなく、肉のチームとしてつきあいたい。自分もそれだけの仕事はする。農家さんにも僕を通してそこに参加してもらう。関わる全員が太い綱でつながる仕事にしたいと思いました。」
BSEがなかったらどうなっていたと思うか、聞いてみた。
「うーん、どうやろう。多分同じだったでしょうね。どこかで気づいていたと思う。」

◆オーダーメイドの「どこにもない肉」を仕立てる。

手痛い裏切りにあったこともある。二人三脚で頑張ってきた農家が、新保をとばして直接レストランに売る企てをしたのだ。同士だと思っていたからショックが大きかったという。間に入る新保の仕事を理解していなかったのかもしれない。

新保はその肉を見極め、“手当て”をして価値をプラスする。1000円を2000円にするだけではない。その肉を届けるシェフと料理、食べる客や場の様子までを念頭に、ジャストミートな肉に仕上げる。それはオーダーメイドの「どこにもない肉」だ。丁寧にやり取りしながら精度をあげていく。中間で上前をはねるのとは真逆の仕事だ。

真っ当な料理人や農家はどうやって探すのだろう。
「紹介とか、何かで僕を見つけてくれた方でビビっときたら、食べに行きます。選ぶんじゃないですよ。僕と合うかどうかを知りたい。会えば、大体わかる。悪いやつは悪い顔していると思う。店や調理場を見てもわかります。長年の積み重ねだから隠せない。取引が始まれば、長く付き合いたいので、サカエヤにも来てもらいます。農家さんも、できたら1週間くらい寝食を共にして、人を知りたい。彼らが育てた肉を届けて食べてもらうし、牛がどこへ行くかも、伝えます。」
 
◆狩人か研究者か?
直観と検証の両輪で歩む

経営者としての新保は、野生に生きる狩人と、緻密な研究者を自由に行き来しているように見える。
ジビーフや愛農ポークに出会ったその時は、ブルース・リーさながら、考えるな感じろ!で動く。
おそらく日本初の、精肉のサブスクリプション(定期購入)「わくわく定期便」を始めたのも、ひらめきと行動力からだ。
「僕の理屈はぜんぶ後づけだから。」と笑う。まさに、直観で動いた結果うまく運んだら、後づけで理由を探す。検証し分析する研究者的一面だ。だから改良とバージョンアップができる。
「大きな会社ではできないことでしょうね。サカエヤは昨年、過去最高益をあげました。サシが多い肉に疲れた人たちが、僕がおいしいと思う肉に価値を感じてくれて、シェフも農家さんも喜んでくれる、社員も楽しい、誰も不幸にならないじゃないですか。」
健全で、真っ当な肉を扱うことと、利益を出すことは、相反しない。
 

◆新保流のつなぎ方

これは新保にとって成功なのだろうか?
 「うーん、成功って、あまり考えたことがないけど、売上とかではないよね。恰好つけて死ぬ間際にわかる、というのでもない。いつか他人や数字ではなく自分で自分を評価して区切りをつけたいとは思うけど、まだやることがあるかな。中学生でサッカーで県の選抜チームに選ばれた時、『ああ、これは絶対に1番になれないな』とわかった。でも、肉では1番になりたい。若い人もあこがれる世界一の精肉店にしたい。1切れの肉に関わっているすべての人が満足する、よりよくなる、それが成功なのかもしれないけどね。」

新保に出会って、店に力がついたというシェフは多い。一方、緊張を強いられるとも言う。それは、関係がイーブンな証拠でもある。新保は彼らがよき仕事をしていれば、バックヤードで継続的に支えてくれる強い味方。いざとなれば、新幹線に乗ってでも彼らのための肉を届けてくれる。しかし、志が緩めば離れてしまうだろう。それは新保と農家との関係においても同じだ。無論、新保も覚悟を決めて自分を追い込んでいる。認め合い緊張感を持ちつつ、互いに高めあう、それが新保流のつなぎ方だ。

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新保語録(誌面では写真に添えられています

◇「真っ当な人が育てた牛を、僕が手当てして、真っ当な料理人や消費者に届けたい、単純ですが、これがなかなか難しい。」(新保)


◇こんな田舎に、かっこいい店を作ってどうするの?と家族からも心配されたという。「必ず、ブレイクするからと言い続けました。まず肉がうまい、魅力ある品ぞろえ、スタッフはおしゃれでかっこいい、となれば世界中から来てくれるからと。」

◇しんたまという腿の奥、お尻の下にある小さな部位を求めるシェフがいる。普通なら、手前の肉を全部カットしてたどり着く奥の部位だが、新保はナイフ1本できれいに抜き出す。外科医のようだ。
「これができる肉屋がほかにいるかなあ?とにかく何十年、来る日も来る日も、ああでもないこうでもないと思いながら肉を切っていますから。」 アスリートなのかもしれない。


◇「ショーケースにどう並べるかは肉屋の仕事のハイライトだと思う。ガラスは毎日ピカピカに磨きます。それにあえて少し高くしました。お客さんと話すときはケースの前に出てきて同じ目線で話します。」
若きイケメンふたりが新保の後を、日々必死で追う。

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サカエヤ http://www.omi-gyu.com/index.html

◇このような形での掲載にご理解いただいたダイナースクラブカードと『signature』に心から感謝いたします。

https://www.diners.co.jp/ja/index.html




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