ファースト・マン
2019年2月 アメリカ
鷲は舞い降りた
アームストロング宇宙飛行士がなぜファーストマン、人類初めての月に降り立つ人間になったのか。彼以外にもファーストマンになり得る勇気も才能もあり不断の努力ができて希望をもっている人間は他にも沢山いた。沢山の人がトライし協力し下積みとなった。かれがファーストマンになったのは様々な偶然の積み重ねだった。
ジェミニ計画は1961年から1966年。アポロ計画は1961年から1972年、アポロ11号の月面着陸は1969年7月24日。キング牧師が暗殺されたのは1968年、ベトナム戦争終結は1975年。アメリカ動乱の時代と重なっている。アメリカ国民も最初の頃は宇宙計画に希望を寄せるが、失敗ばかりのNASAの発表にやがて世論も厳しくなってくる。とはいえアメリカ政府は米ソ冷戦の真っ最中でソ連に出遅れている宇宙開発に負けるわけにはいかない。そこに宇宙飛行士達にもまさかの悲劇が発生する。ますます宇宙飛行士達は肩身が狭くなる。
だんだんニール(アームストロング)の顔はこわばり笑わなくなる。訓練中に事故をおこし本人の傷は軽症だったが家族に当たり散らす。NASAにも家庭にも自分の居場所が見つけられない。また妻にとっても彼の同僚に起こった悲劇は親しい隣人の悲劇であり、いつ彼自身の身に降りかかるかわらかない恐怖であり悲しみなのだ。実行の前の晩、最悪の事態を恐れて家族と向かい合うことの出来ないニール、帰れぬ父として息子達に何かを残して欲しい妻。妻は文字通り叫ぶようにニールを説得し、父と息子達はようやく対面する。そして父と母の様子を察して父に小さな手を差し出し握手を求めるまだ小さな息子。アポロ計画のパイロットに選ばれるということは、家族にとっては受け入れ難い胸が押しつぶされるような絶望と紙一重のことだった。
結果はいま世界中が知っている通り、彼は帰ってきた。世界が夢と希望で一体になった瞬間だった。
夢と希望
この偉業の達成に匹敵するものはこれからの世の中ではなんだろう。わたしにはすぐには出てこない。だがこういう世の中を動かし世界の方向性を変えるような何かがまた待たれていると感じた。勇気、決断、覚悟、そして未来を信じる力。ジェミニ計画の機体はハンドメイド感満載で今にも崩れそうなパネルが打ち付けてあるだけで、発射時の振動でスイッチやコードやハンドルが崩れて落ちてくるのではないかと思うほどだった。アポロになって多少は良くなっていた。しかしさらに月に降り立つための宇宙服もどんなに計算していたとしても本当にあれで宇宙で動けるのか、破裂しないのか空気が漏れてないか、誰も試したことはなかったはず。この映画ではニールは自身も悲劇に見舞われ、悲劇の中で失った仲間を想い、自らも悲劇的に自分の使命だと思ってアポロ11号に乗った、というように描かれている。しかし根底には当時のアメリカの底力があったからだと思う。アメリカは世界のリーダーであらねばならないという使命感でやり続け、成功させた。政府の目論見は対ソ連だったかもしれないが結局成し遂げたことは世界を一つにした。
いま、世界の変わり目だと様々なところで見聞きする。元号がかわる日本はまた幕末に戻っていて、ネットやデジタルが黒船となって押し寄せて来ている。そいつらはこれまでの常識を覆している。こういう時代の潮目だからこそ何か世の中や世界が一体になる新しい価値観を、夢や希望を見出して行こう、そんなメッセージをわたしは受け取った。
また、上記で少し触れているけれど、パイロットが載っているコクピットの中の再現度がとても高く、これが本当だとするとなんて危なっかしい実験だったのかと思う。機器のぶつかり合う音、騒音、絶え間なく続く激しい振動、ベルトで縛り付けられて狭く身動きできない中でのロケットの操縦。たぶんアメリカのことだから当時の施設やブツを再現したんだろうなと思ったけど公式サイトによるとやはりそうらしい。また月に着いた時、スクリーンいっぱいに広がる「静かの海」は自分も同時に月に降り立ったかのように錯覚する。これはおそらく(間違いなく)CGで再現した美しくて静かな海だ。こういう映像美も素晴らしく一見の価値がある。IMAXでもやっているらしいのでもう一度見にいこうかと思う。
オマケ
余談だ(じゃなくて本論かもしれない)けど、アメリカは金の掛け方が凄い。なんであれ凄い。これは日本の国も見習ってほしい。政府も映画もね。ひさびさにライトスタッフ をまた見ようかと思う。エド・ハリス好き。
追記(詳細場面ネタバレ?)
映画の中で、同僚がニールに自分の息子と月の話をしたこと、息子が月に興味をもってくれたこと、なにより息子の視点が広がっていくことを喜ぶシーンがある。また一方、アポロ計画が世論から反対されている時、NASAがブラウン管を通して科学や未来への発展の目を若い世代に伝えないといけない、と訴えて世論に理解を求める映像が流れる。後者はただの殆ど言い訳扱いで当時は全く支持されてなかったということが逆説的にわかるシーンになっている。でもこれが大事なことだ。こういうところに映画のメッセージが描かれていると思う。
追記の追記
町山さんのたまむすびを読んで、え?CGじゃないの?ってなってる。
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