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十万円を辞退しようとする人に教えてあげたい明治人のエピソード

新型コロナの影響で混乱してしまい、十万円の給付金を辞退したり、月給を返納する人が登場しつつある。混乱した人を見て、俺も俺もと興奮している人もいるかもしれない。

一人で馬鹿なことをするのならいいんだけど、家族にそういう人がいると大迷惑だと思う。生活に困っていない自分が、お金を受け取るのは平等ではないので、返納したり辞退しますといった理屈なのだろうがちょっとよく分からない感じですね。

こういう事は過去にもあって、そこから学べば少しはマシなことができるかもしれない。というわけで明治人のちょっとしたエピソードを紹介してみよう。

明治から大正時代にかけ、全ての階級を撤廃し平等にしようといったブームがあった。明治時代の社会主義運動が有名だが、平民主義と呼ばれる思想もあった。色々な理屈や思想が存在するが、目的とすることろは国民全員が同じ平民になることで効率が上るといったものだった。

その考え方はまともなものの、間違ったやり方で突き進む人も登場した。

平等にしようじゃないか運動の人々が、とある芸術家を招き講演会を開いたことがある。労働者の人々が普段触れることのない芸術を知ることで、より平等な社会になるという趣旨の会だ。ここまではまともな考え方なのだが、平等にしようじゃないか運動の人々がいきなり激怒、お前なんてまともに働いてないブルジョア野郎じゃないかと芸術家を罵倒し始めたため、芸術家が怯えて帰ってしまう……こういう事件が起きている。

もちろん明治時代にも、まともな人も存在している。

変人として知られた小説家の上司小剣は、一時期社会主義に興味を持ち、堺利彦や大杉栄と行動を共にしていた時期があった。ところが考え方の違いから、上司は社会主義者の人々と徐々に疎遠になってしまった。

上司小剣の基本方針は「全員が平民になるよりも、全員が貴族になったほうが快適だ」といったものである。当時はお金がない人は心が綺麗、お金持ちは精神的に堕落しているといった感覚があった。この風潮にも上司は、「貧乏人は文化を知らないし教育もないから駄目、全員が貴族になるべきだ」といった意味合いのことを、もっと酷い表現で仲間に語っている。全員貧しくなるよりも、豊かになったほうが楽しいことは事実である。しかしあまりに言い方が悪過ぎたため、小剣は一部の人からは異常に嫌われてしまう。

一方の上司はあまり気にすることもなく、昭和に入っても同じように考えていたようだ。

鉄道列車の階級を撤廃するのは結構だが、それは一等、二等を廃して総べてを三等にするのではいけない。二等、三等を廃して、総べてを一等にしなけれはならぬ。

今は生きるのに大変な時期だから、みんながそこそこマシに暮せるようにしようというのは、まともな考え方である。ところが自分が大変だから、お前も平等に貧乏になれやと望んだり、給付金を辞退する雰囲気を作ろうとするのは合理的ではない。なぜなら社会全体の質を下げようとする行為だからだ。これはわざわざ自分で芸術家を招きイベントを開催しておきながら、芸術家にバイトしろ糞馬鹿野郎がと罵倒するのに少し似ているような雰囲気がある。

もちろん今すぐ二等、三等を廃して、すべてを一等にしたり、国民全員が貴族になるのは無理ではある。しかしそこそこマシに生きようみたいな雰囲気ならば、作れないこともない気がしないでもない。

どこの国も同じだろうが、日本は文化的に色々な問題を抱えている。現在色々なことが起きていて、これは過去から続く文化によって引き起された問題だなと思う事も多い。

ちなみに今まさにそこかしこで発生している不合理な行動に関しては、すでに明治時代には批判されていて、克服しようとした人々が沢山いた。そういう活動をまとめた本が『簡易生活のすすめ』である。

あまりに素晴しい本であるためアマゾンでは紙バージョンが現在は品切れ、紀伊国屋では今のところは購入可能だ。

今回紹介した事例も、『簡易生活のすすめ』で紹介されているもので、筆者は上司小剣やその周辺についても、そこそこ真面目に調べている雰囲気があるわけだが、なんでそんなことを知っているのかというと私が書いたからですというわけで大変な日々が続きますが、良かったら「簡易生活のすすめ」を読んでみてねサンキュー。

私について https://ichibeikatura.github.io/watashi/