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わたしの小説のやり方 番外(02)


 そして2章となる。先日死んだ猫である「ごえもん」はここで登場する。わたしはまだ読み返せない。みなさんには関係ない。ここらあたりからすこしややこしくなる、らしい。しかしここで引っかかっていたら先へはいけない



2
 前の晩は九時ぐらいに寝て次の日の昼前の十一時すぎにママとママのパパは起きた。すぐに昼になりお腹がすいたので電子レンジで熱くした白米にレトルトカレーをあたためずにかけて食べた。パパは二杯食べたとママは書いていた。クィルは四杯食べて五杯目はがまんしたとママのパパは書いていた。
 ママのパパは四十二でママは十一で勉強は苦手じゃなかった。というか得意だった。得意だったけど学校が嫌いだったからほとんど行ってなかった。そのくせ大学までママは行った。パパは窓へ足を向けて床に仰向けになっていてぼくは窓の下で足をパパの足の右へ向けて床で仰向けになっていたとママ。クィルの頭はおれが浜で拾って来てテレビの右の下に置いた小さな流木と石の横にあったとママのパパ。「クィル」とはママの名前でママのパパがつけた。前はテレビまでも届いてなかった、クィルはたぶんもうおれと同じ百八十とかあった、百八十は大げさだが百七十はあった、少なくとも百六十はあった、百六十ということはなかった、おれは百六十。とママのパパは書いていた。
 ストーブはまだつけていた。春だった。
 ママが四つのときママのママはいなくなった。ママからメールがパパに届いたときパパは海沿いの工事現場で、道で、車の誘導をしていたけど車が来ないからずっと海を見ていたらトドを見た、とパパは書いていたとママは書いていた。確かにママのパパはそう書いていた。こう書いていた。トドは鼻をときどき海の上に出して泳いでいてカモメじゃない黒い小さな鳥が海によく浮かんでいたからそれがトドだと気がつくまでしばらくかかった。くじらよりずっと小さいから危うくおれは見落としかけた。それでもおれはそれがトドだとわかった。その間一台も車は来ず、携帯電話でトドの写真を撮った。そのときノラからのメールに気がついた。トドの写真をママに送ったのかどうかはぼくは聞いてない。メールにはこう書かれていた。
出て行きます。クィルは残して行きます。わたしなりにあれこれ考えてこうします。心配しないでいい。タカカコちゃんに頼んでいる。困ったらタカカコちゃんに聞いて。
 タカカコちゃんというのはムェイドゥのママでムェイドゥというのはわたしのパパ。ママはクィルで、「ぼく」で、パパが「おれ」でママのパパ。ママのママの名前はノラでわたしはネル。タカカコちゃんはタカタカちゃんと似ているけどタカタカちゃんはママが働く工場の人。こんがらがっても別にかまわないと思う。
女という形態にうまれて育って大人とよばれるものになり、仕事につく必要があるのなら何らかの仕事につき、異性に対して興味?ヨクボウ?を刷り込まれた通りに持てるのなら、どこかのきっかけで適当な雄とつがいになり子どもをうみ育てる。「人生」とかいうのはそのようなものだとこれまでわたしは考えていた。子どもが出来たら出来たで親の義務というようなものの意味も意味を持たせる理屈も理解しているつもりでいたし、それを「幸せ」とする刷り込みもおそらく人並みに機能していた。わたしはかつてたくさんの子どもを見て来た。あの子たちに囲まれて過ごしていたわたしは人間が好きでいられた。しかしわたしはそこを出た。
 ママのママは小学校の教師をしていたのだけど校長を突き飛ばして怪我をさせてクビになった。その少しあとでママがママのママの中ではじまり育ち、
そしてクィルが生まれてごえもんが死んだ。
 ごえもんという名前の猫とママのママはずっと一緒にいた。ごえもんはキジトラの白だとなぜかわたしは知っていて、たぶんママに聞いたのだと思うけど、ママが生まれてすぐに死んでいるからママは見ていない。それでもわたしはキジトラの白のごえもんというのがずっと頭にあって、もうだからごえもんはキジトラの白で、道で鳴いていたキジトラの白の子猫を見つけたとき、わたしは生まれてはじめて道で鳴いていた子猫と会った、ごえもんだ! やっと会えたねと抱き上げて持って帰ってママに見せて、ママはまだそのとき生きていた、ママも「ごえもん」といって、やはりママはごえもんがキジトラの白だと知っていた。ごえもんはよく食べるからどんどん大きくなってちょっとした犬みたいになって、病気をしたりしながらも今も生きている。今はわたしの足の横で寝ている。もうすぐ二十歳になる。
思い返せばその頃からこれははじまっていた。わたしはわたしをいちいち「わたし」として考えるようになっていた。絵描きのゴーギャンの絵に『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』というのがあるけど。ゴーギャン。絵描き。ゴッホの耳を切った人。ゆらゆら空を飛ぶ火の玉を見た人。
 ゴーギャンの書いた本のノアノアにはじまってすぐのところに、
奇妙な、ジグザグに移りゆく火を私たちは見た。
 と書いてあって、その前に、
海上に、
 とあるからゴーギャンの見たのは火の玉じゃなくて火で、海で空じゃなかったし、ゴッホの耳を切ったのはゴッホ自身でゴーギャンじゃなかった。
クィルは今目の前にいる。絵本をかじっている。次見る時は、見られたとして、もうこれじゃない。わたしは大変に無責任だが反省するつもりはない。わたしは反省したいのでも間違いを正したいのでもない。わたしはわたしを赦すのだ。わたしはいつかここへなのかどこへなのかどういう形でなのかとにかくあなたたちへ戻って来るつもりでいます。待っていろといっている訳ではない。それはわたしの仁義で君たちの義務じゃない。わたしのやり直しだ。あなたに罪はない。まずはしばしの別れだ。謝りはしない。ありがとう。元気でね。のら
 
 夕方になり夜は何か作ろうと公園の向こうのスーパーへ食材を買いに出た。スーパーまでの道には人はほとんどいなかった。小さな犬を連れて歩く人がいた。パパに犬が吠えた。池が見えてきた。パパの電話が鳴った。非通知設定、出たらクロダだった。パパの仕事の相手。入院しているのだとクロダはいった。風邪をこじらせたらしく死にかけていたといったが死んでいたわけではなかった。
「仕事だ」
 モロイの二章ではジャック・モラン父の元へゲイバーというのが仕事の依頼をしに来る。だけどジャック・モラン父は興味が持てない。するとゲイバーは、所長はあなたがいいといっている、というようなことをいう。
わけはおわかりのとおりだ
 ジャック・モラン父がゲイバーにいう。
彼はそのわけをあなたにも言ったんだね、とお世辞の匂いをかぎつけて私は言った。私はお世辞に目がないほうだった。
 するとゲイバーはこういう。
所長は言っていましたよ、この仕事ができるのはあなただけだって。
 ジャック・モラン父はゲイバーの指令を受け入れる。そして出発は今日だといわれて
今日だって!
 とジャック・モラン父は大きな声を出す。
ご子息を連れていらっしゃることになるでしょう
 四日の仕事だとクロダはいった。四日は長いとパパは思った。これまでは日帰り仕事だった、クィルはどうする、ママのパパは書いていた。続けてこう書いていた。クロダがいった。実は十日前に連絡は来ていた。計算してみろ。十日前、四日の仕事、足して十四。実際は二週間の仕事だということだ。見落としていたのはおれだ。死にかけていたから連絡に気がついたのはさっきだ。何であれミスではあるからいやなら降りろ。降りたらお前にはもう二度と連絡はしない。死にかけて死ぬことの想像が前より鮮明になったおれにはもう以前のような情はない。呪いは解けた
 スーパーは小さくて肉なんかハムしかないときだってあったけどその日は安い豚肉を見つけたから生姜焼きにすることにしてキャベツを買って、酒と醤油とみりん、これは流しの下に置いてあった、を大きなさじ、昼間カレーを食べたスプーンに一杯ずつ、そこへスプーン半分の砂糖、おろししょうが、それが一人前のたれ、たれはパパが作って豚肉が焼き上がってからぼくがかけた。タレにつけて焼くとからくなる。豚肉以外は何も入れなかった。千切りにした半玉分のキャベツと米は六合炊いた。食べながらおれはクロダに聞いたことをクィルに話した。パパがこのときクロダから受けた指令、というか命令、要点、説明は、これ。
四日
的は移動している
白い大きな車
海沿いを北へ向かっている
行き先→たぶんサキ
 米の四合はクィルが食べた。的とは「マト」のことで、人間のことで、その人間は白い大きな車に乗って海沿いを北へ、たぶんサキ、へ向かっていて、パパの仕事はその誰かを、
「探すこと」
 サキというのはママが生まれてママのママが生まれた土地で、部屋を出たママとわたしが、結果的に、向かう場所でもあった。サキまで海沿いを通るとして三百キロ以上。これはわたしが調べた。鉄道とバスは通っていたけど誰かを探すのならどう考えても、ジャック・モラン親子は徒歩でモロイ探しの旅に出たけど、
「車がいる」
 ここらの人はだいたい車を持っていたのに二人にはなかった。車を持っている知り合いで思いつくのはママの先生ぐらいでママの先生はいつも赤い車で学校に来ていた。ダメもとでパパはトライしてみた。電話をかけたら夜なのに先生はいた。しばらく話してパパが電話を切った。車は貸せないと先生はいったとパパはいったけどもう少し車以外のことも話していた。たぶんママがどうしているかとか、学校には来れそうにないかとか。「はいー」とパパは適当にこたえていたけど先生はきっとそういうことを聞いていたに違いないとこれはわたしの想像で書いている。ママは途中で便所へ行ったと書いていた。ママは書いていた。先生は笑うと顔がゆがんだ。歯がむき出しになって、たばこを吸うから息がくさかった。器械体操をしていたらしくバク転とか出来た。先生より少し背の低い人間と歩いていたのを街で見たことがあった。人間はスカートをはいていた。たぶん女だった。女は先生が話しかけるとうなずいていた。ぼくよりずっと小さかったけどぼくぐらいの歳にぼくには見えた。親子だったのかもしれない。パパは断られた。となるとレンタカーということになるけどパパには免許がなかった。あったけど取り上げられていた。
「運転はできるんだがな」
 バスか鉄道。今日はもう寝て明日考えよう、というわけにはいかなかった。四日しかなかった。
「いつから四日?」
 クィルがいった。いつからというのはどういうことだとおれはいった。
「今日からなのか明日からなのか」
 電話があったのはさっきで、そこで四日しかないとクロダはいったのだから普通に考えればそれは明日から四日という事じゃないか、そうじゃないかとおれがいうとクィルは、
「聞かなかったのか」
 といった。聞かなかったし聞かなかったのはそんなものは明日からに決まっていたからだ。
「そこの階段はパパは何段」
 とクィルがいった。部屋を出てすぐにある非常階段のことだとおれはすぐにわかったから、
「十八」
 といった。おれは数えていた。
「どこから数えた」
「どういう意味だ」
「部屋を出て、階段へ歩いて一段下りて「一」と数えたのか、一段下りて、次踏み出すときに「一」と数えたのか」
「部屋を出て一段下りて「一」だ」
「下はどこが十八」
「下の階に到達したときが十八だ」
「ここを出て階段までの廊下と下の階の廊下も計算に入れているわけだ」
「そうだ」
「入れなきゃ十六だ」
「そうだな」
「四パターンある」
「二パターンだろ」
「ここを出て廊下を階段まで歩いて、一段下りて「一」とはするけど、下の階の廊下を数えないパターンと」
「わかったわかった。しかし四日は今日からじゃない。明日からだ」
 確かめろとクィルはいったがクロダの連絡先をおれは知らない。仕事の結果の成否は向こうから聞いて来る。
「仕方がないね。明日から四日。ぼくはどうする」
 連れて行くとおれはいった。
「やったー」
 とクィルがいった。
 パパが紙はないかといったからぼくが机の下からコピー用紙の束を出した。パパは紙の束から紙を六枚出して、横にした三枚を二段に並べてテープでつないで縦にして、横にして、縦にして、三枚足して九枚にして、もう三枚足して十二枚にして、やっぱり九枚にして、六枚に戻して、九枚にして、六枚にして、九枚にして、パパは紙にえんぴつで携帯電話の画面に出した地図を描きうつしはじめた。パパは島の西の海岸線を描いていた。ぼくたちが住んでいたのは星の北半分にある大きな島の西にある町だった。パパは描いた地図を壁にがびょうでとめて、裁縫箱から針を出して、コピー用紙をさいて矢を作って、三つ、矢をママに渡して海ぞい目がけて投げろと壁の地図を指していった。描かれた地図は線の左が海で右が陸だというのがぼくはわかった。海沿い、線のちょい右を狙ってクィルが投げた。海に刺さった。もう一度とおれがいった。さっきより右にクィルが投げたら陸にいくつも書かれた字の少し横に刺さった。「違う」とパパがいった。クィルがもう一度投げた。よく見もせずにママのパパは刺さっていた矢を抜いてもう一度ママに投げさせてまた「違う」といって今度は自分で投げて「違う」といい、じっと矢を、しばらく見て
「的は移動している」
 とおれはいった。
「出来るならサキにまで行かずに的に当てたい。けどあてがない」
 パパがいった。
「あてがない?」
 ママはいったと書いていた。
「ああ」
 とパパがいったと書いていた。
「あてがないんなら投げといて「違う」というのは変だべ。あてがないんだら刺さったそこを当たりにしてひとまずそこをはじまりとしてあれするしかねぇべ」
「手のひらにのるぞ。ほら」
 うまれてしばらくしたぐにゃぐにゃのクィルをおれの両の手のひらにまだ柔らかかった骨をそろえて立たせてのせてノラに見せたときのことをおれは思い出していた。並びの悪い歯をむき出しにしてノラは笑った。
「やり直すってことはそこじゃないってことなんだから、そこではないってことはわかってるんなら最初からそこをはずしてどこなのかを考えた方がいいべ」
 手のひらにのっていたものがいった。
「もう一度いってくれ」
「やり直すってことはそこじゃないってことなんだから、そこではないってことはわかってるんなら最初からそこをはずしてどこなのかを考えた方がいいべ」
 それは少し違うとおれがいった。
「そこじゃないとわかっていたわけじゃない。矢が刺さってはじめてそこじゃないとわかった」
「違う違わないの基準がぼくにはないからそういわれてもぼくはああなるほどとはならないよ」
「お前にああなるほどといわれたいわけじゃない」
「勘でやるならダーツは必要だろうか」
「勘だからこそ必要だ」
「ならダーツ信用すれ」
 明け方近くになって、いつの間にか寝てしまっていたママが目をさました。パパは起きて地図を睨んでいた。寝ずにいたらしかった。荷物は出来ていた。大きなものが二つ。小さなものが三つ。ぼくが寝てしまってからおれは向かう場所を決めるより先に荷物、テントや着替え、あといろいろ、山の中を歩くわけじゃない、コンビニもある、を作った。それから起きて来たクィルに行き先はまずは川だとパパがいった。川というのがママは不思議だったからいった。
「サキへ行けばいいんじゃないの」
 ママのいうことはだいたい正しい。

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