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わたしの小説のやり方(番外編03)

3章。わたしが書いていて好きだったティート(仮)が話します



「私は殺し屋を見たことがあるんです。駅で切符買ってました。釈迦が象に化けた悪魔に脅かされる場面がありますが、それに釈迦が何といったかはおぼえてませんが象には失礼なものいいを釈迦はした。あらわれたのは象ではあるがそれは象ではないから悪魔だから、そのことは釈迦はわかっていたから釈迦はそういった。どういったかはですからおぼえてません」
 ママは昨夜は遅くまで起きていた。電話が鳴るのが聞こえて話すのが聞こえて、それから少ししてママは誰かと会ってくると本を読んでいたわたしにいったと書いていたけどわたしはおぼえてなかった。
 ぼくはティート(仮)と会っていた。(仮)としたのは自分で書いたものを読み返したときママがそれの名前がどうしても思い出せなかったからで、書き残しはしていたけど名前は書かずに〇〇と書いていて、そんなことをするからぼくは忘れてしまっていて、だからティートとわたしが適当に考えて、ママが(仮)とした。
「校長だって小さなやつじゃなかった。先生よりは小さかったけど私たちよりはずっと大きかった。顔も傷なのか、何度も腫れてこすれすぎたらああなるのか凸凹していた。その顔の色が先生が何をいったのか突然変わった。そして大きな音を立てて校長室へ入った。先生は何かからだから力が抜けていたように私には見えた。怒られたショックで呆然としているのかと思った。先生は静かに手にしていた紙挟みをそこらの机に置いて、靴を脱いで靴下を脱いだ。血色が良く顔が桃色でした。先生は職員室にいたみんなにこういった。
「申し訳ないのですが男性の先生の何人かこちらに来て、やり過ぎだと思ったら止めてください。ただすぐには止めないでください。あなたたちに怪我はさせたくない」
 何をいっているのか私はわからなかった。だけどそれでも何人か私も含めて何人かが先生のいた方へ歩いて行った。私たちが来るのを先生は確認してからゆっくりと校長室へ歩いて、数歩でしたが、中へ入って行った。すぐに校長の異様な声がして、どすんと大きな音がした。廊下を子どもが走った。慌てて入って見たらもう校長はうつ伏せに倒れていた。先生は倒れた校長を見下ろしていた。校長から血が出ていた。すぐに私は、私はとっさに先生に飛びつきました」

 学校をくびになった後、子どもたちの様子をティート(仮)は知らせてくれていた。最初は喫茶店で話していたのだけどその店が潰れて、仕方なしに静かに話せるからとカラオケボックスへ入ったりしていたのが混んでいてあるときホテルになった。それからは会うのはホテルになった。二度か三度は何もせず話だけした。四度目か五度目あたりでセックスをした。ムェイドゥはそのときにはもちろんまだいた。それから何度かティート(仮)とセックスをした。
「私はねこんないい方は失礼だけど先生を女性として、性的対象としては見てませんでした、といういい方はしかしどうだ。そもそも私は女性をそう見ているのか。正直にいうとある時までは私はそうでした。私にはある時まで女性は性的対象でしかありませんでした。男性は私の場合性的対象ではなかった。好みの問題なのか好みとは何なのか。誰の好みだ霊か肉か。それらは別物か同じものだろ。いずれにしても私中心主義的な考え方ですが。しかし私は私以外を我がことのように中心に置くやり方を知らない。私は人間でもあるが動物の雄でもあります。人間という種類の動物の雄です。ですからやはり、いやしかししかしそこも厳密にする必要があります。人間という種類の動物の雄であるところの私。その私という人間の雄は人間という動物の雌を性的な対象とする。私という雄は、ですよ。ここは丁寧にしておきたい。笑うところですよ。私は、そうとして見てしまう。見てしまっていた。本能だとはしかし先生、だからか、私は信じてないんですよ。犬や猫ならそうですよ。猿やキジでもいい。本能ですよ。しかし、人間はどうでしょうか。人間に本能なんか残されていますか? 何も知らずに育った男女が生殖活動に入りますか? 母性本能はほんとうですか? 何万羽といる雛の中からペンギンは自分の子を探し出せますが人間はどうですか? 赤ちゃん取り違え事件というのは昔はよくありました。刷り込まれたんじゃないでしょうか。だとしたら刷り込まれなかった人は幸運です。意志の力だとも思いません。私のいいたいことは伝わっているはずです。伝わっているとは思えない。私は盲導犬なのか犬なのか。向こうから似たようなのが歩いて来たら吠えるのが私ですか? それとも盲人である主人を混乱させないため吠えずにやり過ごすのが私ですか? 微妙なたとえに話をまとめようとするこの思考方法がそもそも間違えていますか? 間違えています。たとえ話はだいたいわかりやすく聞きやすいがゆえに間違えている」

 電話が鳴って出たらそれがティート(仮)だった。「少し会いませんか」とティート(仮)がいった。わたしは寝る用意をして本を読んでいた。
万物は永遠に回帰するのだ、われわれ自身も万物と共に。そしてわれわれは無限の回数にわたって現に存在していたのだ、万物もわれらと共に。
 バンブツを調べた。宇宙の、ありとあらゆるもの。エイエン。無限に遠い未来まで時間的持続の際限のない。カイキ。ある事が行われて、また元と同じ状態にもどること。モロイの石か。
石が十六あったとしておこう、つまり四個ずつ、四つのポケットに入っていた。
 オーバーとズボンと。
まず、オーバーの右のポケットから石を一つ取り出して、口のなかへ入れる。そのかわりに、オーバーの右のポケットへ、
 ズボンの右のポッケから石を一個入れる。
そのかわりに、ズボンの左のポケットから出した石を一つ入れ、
そのかわりに、
 オーバーの左のポッケから出した石を一つ。そこへしゃぶり終わった石を戻す。一度もしゃぶる石が重ならないようにするモロイの知恵。しかしそれだと重ならなくはない。四ついつも同じ石ということになるかもしれない。わたしがそう思ったらモロイはそう書いていた。
 着替えてぼくは鏡の前にいた。誰とも会わないから白髪も染めてなかった。今から染めるのも面倒だ。相手はティート(仮)だ別にいい。
 わたしは書きうつしていた。
だが、わたしが組み込まれていたさまざまな原因の結び目は、─またわたしを創り出すだろう。わたし自身も永劫回帰の数ある原因のひとつだ。
わたしはまた来る。この太陽、この大地、この鷲、この蛇と共に─新しい生に、よりよい生に、あるいは似た生にではない。

 部屋を出てエレベーターで一階へ下りて外に出て、ティート(仮)の車を待った。道には誰もいなかった。夏だった。明かりが見えて赤い軽自動車が来た。停まった車からほとんど抜けたまばらな白髪の、むくんで茶色い顔色をした痩せた男が降りて来た。背は縮んで低く骨盤が歪んで右の腰が左より少し上がっていた。
「ご無沙汰しておりました、ティートでした」
 とティート(仮)がいった。
「少し走りますか」
 嫌だというとティート(仮)は道のはしに車を停めてエンジンを止めてたばこを取り出し火をつけて吸い、むせて咳き込み、消した。
「髪を雑に七三に分けた。何度も洗濯したからだろうくすんだまっ白なワイシャツに、ネクタイなんかしてません。ズボンは確か黒。濃いグレーだったかもしれません。手ぶらです。濃い茶の靴を履いて。ゴム底の。私はじっと見ていたわけではないんです。さっと顔を、私のです、動かしたその一瞬、目玉が見ていた。目玉に飛び込んで来ていた。そして焼きついた。しばらく頭から離れずずっとその姿形を思い出そうとはしないのに思い出していた。とくに何か目立つところなんか何もない。むしろ目立たなさすぎる。私はマチスの絵の実物を見たことがあるのですが、マチスの絵は見ている時は、ああハイハイこれ見たことがある、そんな程度にしか思わないのに見終わって外に出たらその絵が頭から離れない。むしろ絵を目の前にしていた時より見えて来た。厳密にいうと色が迫って来た。男もそうでした。しかし顔だけが思い出せなかった。顔だけ消していたのかもしれません。私がじゃなくて男が。そしてわかった。ああそうかあれは殺し屋だ」
 生徒の保護者から変な頼みが来たのだとティート(仮)がいった。
「しかし頼みは断りました。外出禁止だといわれている今、しばらく留守にする。四日だったかな。ついては車を貸せと。いちいちどうかしています」
 そして少し笑い、黙って、ぼくの右の手を見た。それからぼくの顔を見た。
「ママ」
 わたしはいった。
「間違えてないか」
「車を貸せと電話をしたのはママのパパで相手はティート(仮)なはずがない。ティート(仮)に電話をかけて来たのは確かにママのパパだけど」
 ママは病院のベッドにいた。ベッドでいくつも管を繋げられて、喉に太い管を繋げられて、もう話せなかった。ママ。看護師が入って来て何かしていた。看護師は見た目は女だがほんとうは男だ。「ね」とわたしが皆さんに紹介がてらにいうと「違う」と看護師がいった。
「女なのに見た目が男だから戻したのだから見た目のままだ」
 そうなのか。しかし見た目は女だけどほんとうは男だ、といったのは看護師でわたしじゃない。あなたは自分でそういった。
「あれ。そうだっけ。へへへ」
 ママの閉じたまぶたの下で目玉が動いていた。ママは夢を見ていた。ママなのに、すぐそこにいるのにわたしはママの見ている夢がどんななのかもわからなかった。あなたは、ネルは、ごえもんの見ている夢だという夢を見たといったのはツスィで、書いていた。
 どこかへ行くために一度潜らなくてはいけない場所があって、それは夜明けで、やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明るくて、紫だちたる雲が細くたなびいていて、ごえもんはやわらかい蜘蛛の巣みたいな木でできた板の上に立って、そこにつながっているロープをぴんと張るまで水の中に潜って行き、そのあとは決して自分で浮上しようとはせず誰かがそのロープを引っ張るのでその力に任せてごえもんはただそのロープにしがみついているだけです。本をめくるときのように目をつむって、潜ったところから抜き出されるのをじっと待つんです。ごえもんはたくさん息をため込んでいた。そしたらクマが潜水しながら出てきてごえもんにいいます。
「ブクブク、ぼくはあなたのお父さんを、ブクブク、ぼくは食べなきゃならない、ブクブク」
 父は、
 ここでごえもんはネルになっている。
 わたしのそれは、父は、ムェイドゥでしたが、残念ながらなのか幸運にもなのか、ムェイドゥは静かにクマに抱かれて死ぬことになるのですが、そうなったときクマに一切逆らおうとしないムェイドゥにわたしが
「少しは争ってみたらどうだ」
 とイライラしていたら素っ裸のママが来てムェイドゥを「ばか」と強く叩いた。叩きたい気持ちはわかるが「ばか」は不要だ。実際はパパを、ムェイドゥを叩いたのは、ママのパパなのだけど、そしてその場面をわたしは見なかったのだけど。叩かれてムェイドゥはびっくりした。生まれてから一度も叩かれたことなんかなかったからだ
 そこでごえもんは目を醒ました。窓の外にすずめが来ていた。最近はすずめが来ても耳を動かしたりしないよとわたしがいうとツスィは、
「ここではね」
 といった。

「これは非常に口にしづらいのですが、というのも誰にも話したことがない。というか話せないのですが。今どうして話そうとしているのかもわからないのですが。ついでに話しちゃおうとしているのですが。娘が中学へ入るか入る前かそのあたり、娘に生理が来た。それからなのですが、それからだったと思うのですが、それからでした。娘の尻にばかり、目が行くように私はなり。そうなり私は大変驚きましたからなかったことにもちろんしていました。たまたまだ、たまたま目をやると目線、視線?の先が娘の尻なのだ、だいたいせまい家だ、せまくはないが広い家では決してない。私のいる場所もほとんど決まっている。見えるものはだいたい同じだ。その一つだ娘の尻は。その時は必死ですからそう思い込もうとしましたし、しばらくはその思い込みでしのいでいました。
 サヨルはその何年か前に死んでいました。サヨル。妻。つま、パートナー? 四十で死んだんです。脳にがんが出来て。突然悪態をつくようになって。最初はびっくりしましたけど病気がそうさせているのだと医者にいわれて。しかしそうは思えませんでした。絶妙な、痒いところに手の届く悪態でした。いわせたのは病かもしれませんがあの観察、解釈、それらは全部サヨルがしていた。細かなところによく気のつく人でしたからね。
「このどすけべ!」
 と私に。
「お前はわたしに何度セックスを強要した!」
 確かに確かに何度もせっくすはしましたが合意の上だと思っていました。ふうふでしたし。私は大変驚いてしまって、「嫌だったのか」と聞いたんです。すると嫌じゃなかったっていうんです。嫌だったなんていってないと。確かにそうはいってなかった。でも私は考え込んでしまって。私は思い当たるんです。私はしなきゃいけないと思っていたフシがある。サヨルはそれをかんちしていた。感知、ですよ。私は女性といると何かしなきゃいけないんだと思い込んでいた。歪んでいることを承知で話しています。だけど先生、私はどうしてそのような歪みを自分に内蔵してしまったんでしょう。私は常に女を必要とするものではないんです。むしろ私には不必要だとさえいえる。私は風俗店へ行ったこともない。私はあの行為、性行為を醜い、不細工、とする人間です。そう考えすぎてこじらせた人間です。私は父と母がそれをするのを見た。母は苦しそうにしていましたから私は父が母を殺そうとしているのだと思った。お母さん!と私が叫ぶと父が私を見て、あんな顔はじめて見ました。向こうへ行け!といった。怖い顔で。母は布団に隠れていた。それから私は夜になると二人がそれをはじめるのを待つようになった。そしてはじまると布団をかぶって目を閉じて「助けてください助けてください」と誰かに、何かに?助けを求めていた」

 ティート(仮)は左の頬をふくらませて、ふくらんだそのちょうど真ん中あたりを、左の人差し指と親指の爪で、ちまちまつまむような形を何度かしていた。一ミリの半分ほど出て来ていたひげをつまんで抜こうとしていた。人差し指の腹で頬を小さく触って、ひげを感じて、そこを爪でつまんだ。抜けた。
「夢を見たんです。私の寝間に誰か入って来た。暗い中で誰かはわからなかった。暖かい手が太ももを撫でた。暖かかったのはむしろ私の太ももだと手の持ち主が思うのがわかった。私の性器は大きくはちきれんばかりにふくらんでいた。相手の性器は濡れていたのがわかった。触らずにです。実際おそらく私の、寝ていた私のもの、いやらしいいい方だな。性器。も、そうなっていた。間違いありません。あれらは連動する。あれらだけが連動するといってもいい。あれら、これら。先生なんかそこらへんどうですか。女性は、というこのいい方は私は嫌いなんですが。男性は、もそうで、くくりが大きすぎる。人間は、の次に大きい。住所を聞かれて「地球です」だなんて誰もいわない。どう説明したところで私以外には理解不能だとすることの実は多くが大きなくくりで語られてしまう驚きは生きる意欲すら奪い取るというと大袈裟ですが私が話を前に進めようとしないことを先生は見透かしています。
 突然顔が私の前に、暗い中で。しっかり見てやろうと私はした。娘でした。私は吃驚した。その顔は私は見た。娘の顔も見たが私は私の顔も見たんです。娘を通してなのか説明するのもばかばかしい。無駄な説明ばかりして。私が見た私の醜悪な顔。あんな顔をする人間は生きてちゃいけない。これが私にかけられた呪い。
 話を戻しますがしかし夢の私は吃驚していなかった。夢はいつもそう。吃驚したのは見ていた夢を記憶する私で夢の私じゃない。私は夢が羨ましい。夢の私がではありませんよ? 些細な誤解もここはされてはこまる。私が羨ましいのは夢の設定、ふむ。設定だと誤解が生まれるのか。私が羨ましいのは夢の、作り、作られ方、逃げなさ。ルート1(ワン)のみというあの潔さ。夢にはないんです、ルート2(トゥー)とか3(スリー)は。道は一つ。行く道はそれだけ。オバケが追いかけて来たら逃げる。戸は一つ。知らない戸でもあける。あけたら突然海でも驚いたりしない。理不尽、不条理に疑問を呈したりしない。夢の海には何だっている。何だっています

 とても静かに話を聞いているじゃないですか。温度差を感じます。

 私はしずしずと娘のからだに腕を回し胸に触っていた。柔らかい、とても柔らかい。ちくびをつまんだ。娘も私の
 すると突然私が分かれた!
 上と下に!
 上の私は逃げ出した!
 が!
 下の私は娘といやらしく絡んでいた!
 やめろ!!

 気がつくと上の私は海の上にいました。小さなボートに上半身だけで。
 A man with only his upper body was on the boat.
 海はどこまでも海で、空はどこまでも空で、私はボートから手を出し水につけて、水の透明を堪能していた。なんてきれいな。底まで見えた。
 しかし安心してはいけない。
 見えてはいるが底なしだ」
 ぼくはおしっこがしたくなり、面倒だったから部屋には戻らず道の脇の茂みでした。
「どうですか。昔を思い出して少しいちゃいちゃしませんか。昔のようには出来ないけれど。今からどこかへというのもあれですからここで少し。車で。もちろん先生がそうしたいならですけど」
「シートを倒せ」
 とぼくはいったとママは書いていた。おしっこをして戻ってすぐにそういったのか、しばらく考えてそうしたのかは書いてなかった。どういうつもりでそういったのか書いてなかった。
 声は出さずに口を「え」にしてティート(仮)はゆっくりシートを倒した、が引っかかってうまく倒れなかった。シートベルトを外せとママはいった。ティート(仮)がシートベルトを外したらガクンとシートが一番下まで倒れた。そして仰向けになったティート(仮)に覆いかぶさろうとママはしたけどそうすると余計にせまく、何しろママは大きい上に車が小さい。
「もうちょっと向こうへずれてくれないか? そうすれば、たえずこの天井に頭をぶつけなくてすむから」
 ティート(仮)は身をドアの方へ寄せてママのスペースを作ろうとしたけど作ったところで数センチ、十センチほどでしかなかった。虫が鳴くのが聞こえていた。夏に秋の気がゆっくり混ざりはじめていた。その気が膨れたとき夏は秋になる。ママは外へ出ろとティート(仮)にいって、二人で出た。さっき小便をしたあたり、の少し先に草のはげた小さくひらけた場所があったのを小便をしながら見ていたからそこへ歩いて、ティート(仮)を座らせて、ぼくも座り、月の明かりですべてが端々までよく見えていて、草は青く、先へ行くほど、明るいうちには見えていた遠くの山の、何度もネルと見た、青く見えていた山の、夜に染められ隠れた黒へつながっていた。ぼくはティート(仮)の肩に腕を回し、引き寄せ、痩せた肩、手をさすり、頭をぼくにもたせかけ、まばらな髪の薄い頭皮のほとんど頭蓋骨なその頭に頬を当てたらティート(仮)は暖かかった。ティート(仮)を押し倒し仰向けにママは寝かせたティート(仮)のズボンのベルトを外して、ボタンを外して、チャックをおろして、パンツに手をかけたけど骨がごつごつ手に当たるだけで肉を感じなかった。パンツをずらせて、あるだろうあたりに手をやると軽くつまめばすぐに潰れてしまいそうな、おそらく睾丸があったがぼっきどころか皮しかなかったから仕方なしに少し皮を触って、つまんで、しばらくさすって、微動だにしようとそれはしないからやめた。犬がいた。何にもつながれず、首輪はしていた。耳のたれた、白い
「おいで」
 とティート(仮)がいった。
「おいで」
 尻尾は意地でもふらず犬は動かなかったのにママはズボンとパンツを重ねて脱いで、その前に靴を脱いで、ティート(仮)に脚を広げて、
「見えるかね」
 とティート(仮)に聞いた。ママの脚の間に白い毛の混じったこんがらがった部分があった。
 モロイもルースかエディスという名前の人間のそれを見た。ルースかエディスも脚の間に穴を持っていた。ママも持っていた。モロイはこう書いていた。
私がずっと想像していたように丸ではなく、一種の裂け目
 アンネは一九四四年一月二十四日の月曜日にペーターに猫のモッフィーの生殖器を見せられたがそれは雄ので雌のじゃなかった。
 ティート(仮)が突然激しく咳き込んであわててママから顔をそむけた。ママは舌打ちをしてティート(仮)の頭を捕まえて口に口を合わせた。ゆっくり犬が歩き出して茂みに消えた。
「ぼくはもう長くないんです。どこも何ともないように見えるでしょ?」
 そんなことはなかった。
「がんがからだ中に、あまりにそうだから、先生がいうには「あんた自体がもう『がん』と呼んでいいほど」だそうです。動いているのが奇跡だと。キセキ。がんが動いているわけです。余命ってすごいいい方ですよね。今、余りの最中です。それももう間もなく終了します。ほっとしています。聖書のヨブ記を思い出します

  何故あなたはわたしを胎から出されたのか、
  その時息たえれば、誰もわたしを見なかったろうに。
  わたしはいなかったようになり
  母の胎から墓へと運ばれていただろうに。
  わたしの世にある日はもうわずかしかないではないか。
  わたしを離れ、せめて一息つかせてください。


ようやくおわります」

 ティート(仮)と別れてママは部屋に戻って台所の椅子に座った。その右のわたしの寝る部屋でわたしは寝ていた。酒を少し、ウイスキーをグラスに、一センチ。二センチ。もう二センチ。ママは飲んで洗面所で手を洗い歯を磨いた。わたしを見たら、口を薄くあけて寝ていたわたしの枕元にノートと本があった。その本を居間にママは持って行った。
 だからなかったのだ!
 いくつも折り目がついていた。折り目をひらくと薄い線が引かれていた。ムェイドゥが引いたもの。ソファーに座り三つ目の折り目をママはひらいて線の引いてあるところを見た。
綱渡り舞踏家はみずからの競争相手が勝つのを見ると、うろたえ、足を踏み外した。彼は手にした竿を放り出し、その竿よりもはやく、手足をまわしながら、地上へと一直線に堕ちた。
 校舎の窓から落ちた子の話をママは聞いたことがあった。その子は机の上に椅子をのせて掲示板に掲示物を貼り付けようとしていた。椅子が傾いたから閉まっていたカーテンに手をついたら窓があいてたから落ちちゃった。ゴボゴボと血を吹いていたと見ていた人はママにいった。からだが上下するから息をしていたみたいだった。
 綱渡り舞踏家はまだ生きていた。
「わたしは前からわかってたんだ。悪魔がわたしの足を掬うだろうということを。いま悪魔はわたしを地獄へ曳いていく。あなたはそれをとめてくれるのか」。
「誓って言う、友よ」、ツァラトゥストラは答えた。「君が言うようなものは、何もかもありはしない。悪魔もいない。そして地獄も。君の魂は君の肉体よりもすみやかに死ぬだろう。だから、もう何もおそれることはないのだ」
 ティート(仮)に読み聞かせるようにママは読んだ。

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