「リトル・ガーディアンズ 第1話」

  白い霧にのような煙にあたり一面包まれていて、巨大な轟音が鳴り響く中に二人の少年のシルエットが浮かんでいる。その少年たちは片や呆然としたように立ち尽くし、片や宙をふあふあと浮かんでいる。

  宙に浮いた少年「…ガーディアンズ…。」

  立ち尽くす少年「…なんだよ、それ。」

    強い閃光が走り、非常に大きな音がする。


タイトル「リトル・ガーディアンズ」


字幕 現在


 晴天の空、白い砂浜、青い海、その横を取る道路を大型観光バスが走っていく。そのバスの中は、修学旅行でジャージ姿の中学生たちが大騒ぎではしゃいでいる。その中に、一人窓の外を、漫然と眺めている雨宮ハルトがいた。ハルトは少し赤みがかかった髪を眉を隠すように下していて切れ長で少し吊り上がった目が印象的だ。その目は思春期らしい冷めた感じと、それとは相反する少年っぽさが同居している。その間を決して高くはないがきれいに筋の通った小さな鼻が薄い口元へ誘導している。そしてその口は教科書通りにへの字に結ばれている。また小さく収縮されたあごから下へ延びる白い首には、彼にはやや大きい気がするヘッドホンが身につけられていた。ハルトはちらりと車内を見渡し、また窓の外を眺める。その時、前の席から学級委員長の真っ黒で少し気品すらあるショートヘアの大島さくらが顔を出す。さくらは、その黒い瞳がやけに目立つ大きな目と小さな口で、いたずらっぽく笑う。

  さくら「ねぇ、ハルト、もう少し楽しんだら、せっかくの沖縄だよ。」

  ハルト「ああ、はいはい。」

 そう言って、ハルトはヘッドホンを着けスマホをいじろうとする。するとさくらは白い長い手で、ハルトからヘッドホンを奪い取る。

  さくら「なに聞いてるの?」

  ハルト「返せよ。」

  さくら「え、なに、アニソンとか?いや、マイナーな洋楽?」

  ハルト「なんでも、いいだろ。」

  さくら「ハルトって、もしかして中二病?」

  ハルト「はぁ、意味わかんねぇよ。」

 ハルトはさくらからヘッドホンを奪い返す。ハルトの腕は白さはさくらとあまり変わらなそうだがさすがに男子という感じの、細いながらも筋肉の筋の見え、その手のひらはさくらの手を覆い隠せるくらいはありそうだ。奪い返したヘッドホンをハルトは頭からかぶり窓の外を再び見る。

  さくら「ふーん」

  女子の声「員長の番だよー。」

  さくら「はーい。」

 さくらはそう言って前を向いて手を振り、座席に座る。ハルトは、さくらが消えた中空をちらりと見て、また窓の外を見る。


 木々や草が生茂りすべてが緑一色に染め抜かれたような森の中を、ハルトやさくらたちのクラスが中年の南国ならではの気立てのよさそうな女性のガイドに連れられ進んでいる。ガイドは森のところどころを指し示しながら気候、動植物、歴史と様々な説明をしていた。ガイドの喋りには少々訛りもあったが、それがまたとても心地よいリズムを生んでいた。

  ガイド「この森の中には洞窟があり、先の戦争では防空壕として使われていました。地元の言葉では…。」

 ハルトは列の最後尾でぼんやりと周囲を眺めながら、ガイドの説明なんか点で聞かずにとぼとぼとついて行きながら時折さくらをチラリチラリと見ていた。女子にしては背の高いさくら、片やハルトは男子の中では真ん中よりやや下、だからふたりの身長差は頭3分の1ってとことだ。ハルトは男子のでは地味な方、一方さくらは女子にも男子にも分け隔てない人気者。しかし、そんな格差のありそうな二人だが、なぜかさくらもハルトのことが気になるらしく、ガイドの説明の傍らチラッとハルトの方へ視線を向ける。そのうち互いに、目が合ってしまって、ハルトはすっと草むらのほうへ顔を向けた。その時、草むらの中にキラリと光が微かに瞬いたのが見えた。ハルトは不思議に思って草むらのほうへ近づく。

  ガイド「ああ、危ないですよ、草むらへ近づくと。」

 ガイドの声に、ハルトは振り向いたその時、足を滑らせ草むらの中へ吸い込まれるように滑っていった。


 ハルトは気が付いて体を起こしてみる。そこは緑に囲まれた大きなくぼみのような場所で、木々が空を隠し昼間なのに薄暗い。ハルトは立ち上がろうとすると、節々に痛みが走りるがどうやら骨折などはしてないようなので、ゆっくり立ち上がる。何とか立ち上がると、ジャージは土や草にまみれところどころ敗れている。スマホを取り出してみると、圏外だ。改めて周囲を確認すると、倒れていたのは中が真っ暗な洞窟の前だった。ハルトはおずおずと中を覗いてみる。中はやはり真っ暗で奥は全然見えない。だが、その闇の中にキラリと光が瞬いた。ハルト目を凝らすが全く何も見えない。とうとう一つ息を飲むとハルトは、洞窟の中へ入っていった。

 洞窟の中へ入り口からの僅かな光を頼りに入っていったがやはり闇は深く、ハルトはスマホを取り出し、その証明の明かりで進んでいった。やがて、入り口からの光が遠くに見える程度になったころ、先に何やら光が揺らめいていた。ハルトはまた目を凝らしその光に集中した。それは洞窟のなかにできた池の水面に反射した光だった。

 謎の正体が解け、しかもただの水だったことに安堵し、もう外に出ようとハルトは踵を返した。すると、ハルトの眼前に逆さまの少年の顔がシルエットではっきりと浮かんでいた。

  ハルト「わーーーーー。」

  逆さまの少年「あーーーーー。」

 二人は同時に叫ぶと、逆方向に逃げ出した。が、ハルトの逃げた方向には池がある。それに気づいた時にはすでに手遅れで、ハルトはスマホを投げ出し、池の中へ落ちていった。ハルトのスマホは池の傍の岸辺に転がった。入り口の光のほうへ逃げた逆さまの少年は振り返り止まった。その姿は逆光でまだシルエットのままなのでどんな表情なのかわからない。

 水の中でもがくハルトだが、服や靴が濡れとても重く、次第に沈んでいく。顔を上に向け僅かな光に向かおうとするが、とても難しい。ああ、俺はここで死ぬんだと、ハルトがそう感じ始めていると、人影がハルトに向かって降りてきた。そして、その影はハルトの腕を掴むとそのまま上昇し、そして岸辺まで連れてきてくれた。


 岸辺でゼェゼェと深く息を吸うハルト、そこから少し離れた位置で先ほど助けてくれた逆さまの少年はいた。暗い洞窟の中ではかろうじて、その少年がもう逆さまじゃないこと、妙にふわふわと動いていることが分かった。

  ハルト「ありがとう。君は誰?」

 ハルトがそう言うと、少年は闇の中で片手を左右へ動かしているようだ。そして、懐に手を差し込んだようで、何かを取り出した。すると、取り出したそれはにわかにやさしく光りだし宙へと浮かんでき、二人がいる岸辺を、まるで昼休みの教室のように柔らかく明るく照らした。ハルトは、その不思議な動きを見つめ追いかけていたので、少年の姿がすっかりあらわになってから彼を見た。少年は、ハルトとあまり変わらない年頃に見えた。髪は光のためか金色で短く、ゴーグルのようなものをヘアバンドのように頭につけていた。服装は、薄く青いつなぎ服のようで、体にジャストフィットしていて、つま先まで繋がっているようだ。銀色のベルトはアルミニウムを思わせる光沢を放っている。ただ、そて丈は手のひらをやや覆い、短い襟も、もう少しで彼の小さい顎にかかりそうで、もしかしたら少しだけサイズオーバーなのかもしれない。少年は、大きく丸い目をしていてその瞳は、歓喜と好奇心でうずうずしているのが、中学生のハルトのも簡単に伝わった。口元も、早く言葉を発したそうにお刻みに動いている。そんな、まるでおとぎ話のような出会いに水を差す奇妙なことがただ一つあった。少年は宙に浮いていたのだ。

  ハルト「浮いてる?」

 すると、少年は宙をドルフィンキックで泳ぐように、スーとまっすぐハルトへ近づいてきた。ハルトは思わず仰け反り尻もちをつくような姿勢になった。 

  少年「ハイハイゼヤ、はじめまして、僕はハーブ。」

 ハーブは、無邪気な笑顔でハルトの前に手を差し出した。

  ハーブ「君たちは、こうしてトレアするんでしょ。」

  ハルト「トレア?」

 ハルトは、差し出されたハーブの手を見る。そして、少し間をおいて慎重にその手を握った。ハーブは、嬉しそうにぶんぶんと手を振り、離した後、嬉しそうに浮かんだまま空中をくるくると回っていた。

  ハーブ「ああ、良かった。君がバッティなオレンジだったらどうしようと思ってたんだ。」

  ハルト「ちょっと待って、君は何者なんだよ。」

 ハーブはクルクル回るのをやめると、ふあふあとハルトに近づいてきた。

  ハーブ「何者って、君と同じオレンジのクラーボだよ。」

  ハルト「あの、さっきから全然何言ってるかわからない。」

 ハーブはああしまったと、いった顔をして、何もない空中を見つめながら片手を振り、それから指を文字を打つようにして動かした。そして、まるでフムフムと辞書でも読むかのように何もない空中を見ていた。

  ハーブ「君たちの場の言葉で、男子ってことだよ。」

  ハルト「ええ、じゃなんで浮いてるの?」

  ハーブ「浮いてないよ。」

  ハルト「いやいやいや、地面から浮いてるじゃん。」

ハルトは馬鹿にされてるようでむきになって地面を指さす。ハーブもその指先の地面を見つめ、少し考えて答える。

  ハーブ「君たちは下の重力しか理解してないからそう見えるのかも。重力って、あっちからもこっちからも引っ張るんだよ。」

  ハルト「全然、わからない。」

 二人の間に、何やら気まずい沈黙が流れる。

  ハーブ「あのさ。」

 ハーブが沈黙を破ったので、ハルトは身構える。

  ハルト「なに?」

  ハーブ「名前、なんていうの?」

 意外な質問だったのでハルトはやや拍子抜けする。

  ハルト「え、名前?」

  ハーブ「僕は名乗ったよ。」

 拍子抜けの質問ではあるが、ハーブの真剣な態度に、ハルトは少し申し訳ない気がした。

  ハルト「ハルト、雨宮ハルト。よろしくな。」

  ハーブ「ライライ、これで僕たちはドルクだね。」

  ハルト「ドルク?」

 ハルトがそう聞き返すと、ハーブはまた先ほどのように空中で指を動かし何かを呼んでいる。

  ハーブ「友達ってことさ。」

 満面の笑みでそう言うハーブに、ハルトは少しむずがゆくなり苦笑いする。


 洞窟の中の岸辺で、ハルトは上半身裸になりシャツを絞っている。その周りを、宙を泳ぐようにハーブが浮かんでいる。

 ハルト「そろそろ、外へ出なきゃ。助けが来るかもしれない。」

 ハーブ「ああ、それなら、もう少しで大丈夫だよ。」

 ハルト「え、なにそれ。どういうこと。」

 ハーブ「ハルトのサウボは必ず来るよ。今はまだだけど。」

 ハルト「サウボって、助けにってことかな。てか、なんでそんな断言できるの?」

ハルトがそう言うと、ハーブはハルトが何か変なことを言ったかのような顔をした。

 ハーブ「だって、それは必ずあることだから。」

ハルトとハーブは、お互い不思議なものを見たようにキョトンとする。

 ハルト「だいたい、ハーブはどこから来たんだ、まさか異世界か?あと、ここでなにをしていたんだよ。」

 ハーブ「どこからって、僕と君は同じ世界にいるんだよ。」

するとハーブは、少し恥ずかしそう頭の後ろをかく。

 ハーブ「あと、実は、僕ドルーとポイントへ向かってたんだけど、ロスボイしちゃって。」

ハルトはまたハーブがチンプンカンプンなことを言うのでけげんな表情になる。それに気が付いたハーブはまた空中に指を動かすが、今度はなんだか様子がおかしい。

 ハーブ「あれ、あれ、あれ。」

 ハルト「どうした、ハーブ」

 ハーブ「あ、あ、あー。」

ハーブががっくり肩を落とす。

 ハーブ「ボルタコが壊れちゃった。」

 ハルト「ボルタコって、あの指でなんかしてたやつ?」

ハーブはこくりとうなずき、頭を抱える。

 ハーブ「ああ、ボルタコがないと、ハルトたちの言葉も調べられないし、ポイントも見つけられないよ。」

ハーブは今にも泣きだしそうだ。

 ハルト「待て待て、落ち着けよ。戻れたら直せるんだろ。」

 ハーブ「たぶん。」

 ハルト「じゃあ、とりあえずここから出よう。」

 ハーブ「それはもう少し待って。」

 ハルト「えー、なんで。」

 ハーブ「この近くがポイントなのは間違いないから。」

 ハルト「えー、さっきは見つけられないって言ってたじゃん。」

 ハーブ「さすがに近くなら感覚でわかるよ、僕だって。」

 ハルト「うーん、そういうもんなの。やっぱ、わかんない。」

ハルトは、困惑する。

 ハルト「とりあえず、さっきのロス何とかってのは、迷子ってことか?」

 ハーブ「迷子?」

ハルトは、少し考えて、ひとまず身振りを出伝えようと、ハーブを指さす。

 ハルト「ハーブは俺とドルクな。」

 ハーブ「ライ。」

ハーブは、こくりとうなずく。ハルトは心の中でライはそういう意味かと理解する。そして、ハーブから次第に離れていき、見失ったふりをする。

 ハルト「これが迷子、ロスボイはこれでいい?」

 ハーブ「たぶん、ライ。」

ハルトは、やったとばかりにガッツポーズをする。

 ハーブ「ハルトもロスボイ?」

ハーブにそう言われ、ハルトは自分の状況を思い出した。

 ハルト「うーん、迷子って言われるとなんか嫌だから、遭難かな。」

 ハーブ「遭難もロスボイ?」

 ハルト「うん、そうそう。ライ、ライ。」

ハルトは迷子と言葉が恥ずかしくて、それを誤魔化そうとしている。

 ハルト「ということは、ハーブの仲間や親や家族もハーブのこと探しているんじゃない?」

 ハーブ「親?家族?」

 ハルト「ああ、そうか、えーと。」

ハルトはまた身振り手振りで伝えようとしたが、スマホを取り出した。ロックを説いて画面を見るとやはり圏外。しかし、ハルトはフォトアルバムを開いて、一つの写真を表示した。そこには、無邪気に笑ういまよりもずっと子供のハルトを、背の高く肩幅が広く朗らかに笑う男の人、つややかな黒髪で少し日に焼け健康的な肌で優しく笑う女の人が宝物を守るように挟んで写っていた。ハルトは、その写真を見ると表情を少し曇らせるが、思い起こしてそれをハーブに見せる。そして、男の人と女の人をそれぞれ指し示す。

  ハルト「これが俺の父さん、これが俺の母さん。で、これが俺。これが俺の家族。」

ハーブは、それを見て納得したように手を叩く。

  ハーブ「ああ、パトロとパデロだね。僕にもいるよ。僕にもファミリオいるよ。」

  ハルト「ファミリオが家族だね。そうさ、きっと心配しているよ。」

  ハーブ「ああ、でももうここにはいないよ。」

ハルトはそれを聞いて、強い衝撃を受けた。そして、なんだか申し訳なくなってきた。

  ハルト「そうか、それはごめん。」

  ハーブ「あれ、どうしたの?」

  ハルト「いや、なんか…。」

その時、突然ハープが入口の方へ素早く顔を向ける。

  ハルト「え、え、どうした?」

  ハーブ「ああ、もう近くだ。やばいラピート、ラピート。」

言うが早いか、ハーブはハルトの腕を掴むと、一気に洞窟の入り口まで飛んで行った。

  ハルト「ちょっと、ちょっと、なに、なに。」

  ハーブ「そうか、こうなるんだよハルト。」

二人は、そのまま洞窟を飛び出した。


 ハルトはわが目を疑った。洞窟の外はまるで変っていた。緑一色だった木々や草は、黒く焦げ残骸を残しているだけ、買うかに見えていた晴天の陽光は、あたり一面を充満している白い煙で覆い隠されていて、花火の終わりのような匂いと微かに焼きすぎた肉のような匂いもする。遠く、または近く巨大なバスドラムのような音、雷鳴の音、高速で机を叩くような音が聞こえる。ここは、地獄だ、きっと地獄なんだ、ハルトはそう思った。

  ハルト「いったい何が。」

  ハーブ「ハルト、君も時の中に解き放たれたのさ。」

ハーブがふあふあと浮かびながら言う。

  ハルト「どういうことだい?」

ハルトが、ハーブを見るとさっきまでの無邪気さは消え、ものすごく緊張しいる。

  ハーブ「僕たちはガーディアンズになったんだよ。」

  ハルト「なんだよ、それ。」

強い閃光が走り、巨大な音がする。


字幕 1945年 沖縄





第1話 終了

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