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「眠りの悪魔はパフェを夢見る」第1話

【あらすじ】
 沙恵は一日をビールとおつまみで締めくくることを愛するOLである。いつものようにビールの酔いに任せ眠りに就くと、翌日妙な生き物が眠りこけていた。ヒツジとバクを合わせたような彼は魔界から来た眠りの悪魔、夢魔だという。夢で作ったパフェを食べるために沙恵のものを使ったところ含まれたアルコールで酔ったらしい。お詫びに沙恵が即席パフェを作るが、悪魔は沙恵の夢の質を向上させることを決意する。
 夢魔のバジーと沙恵は断酒や体内時計の調整、コンビニパフェ、シメパフェに創作パフェを経て、ついに夢パフェを完成させる。しかし沙恵の気持ちをこめて作ったパフェの方がおいしかった。

 終わりよければ全てよし。なんて言うが、一日の終わりを最高で終わらせるにはどうすればいいだろうか。仕事を終え疲れ切った身体を自宅で癒し、明日に備える。そんな時、少しでも日付が変わるのを悔やまぬために。朝日の訪れに立ち向かうために、小さな希望が必要になる時がある。
「それこそ、パフェです。シメパフェですよ」 
 ヒツジにもバクにも見えるぬいぐるみのような悪魔は、すっかり寝る準備の整った私に、枕元でそっと囁く。
「君、本当に好きだよねぇ」
 くたびれた成人女性の部屋にはいささか可愛すぎる彼は、私の言葉など意にも介さぬように話を続ける。
「パフェ。なんと甘美な響きでしょう。どんなに退屈な日常だって、一気に華やかな喜びでデコレートしてくれる。完璧の名を冠したこのデザートこそ、日々の締めくくりに相応しいです」
 饒舌に語る彼には悪いが、あくびが出てしまう。眠気を押さえきれない私に一瞬むっと顔を歪めるも、そこは仕事を優先させるために彼も気を取り直す。
「おやすみなさい、沙恵さん。どうぞ、いい夢を」
「おやすみ。いい夢見れたらいいね」 
 彼のもふもふとした頭を撫でてから、私は微睡みに落ちていく。

 午前中の気怠い空気の中、眠気を堪えてキーボードを打ち込む音が響く。仕事中ってどうしてこうも眠くなるのだろう。霞む目を凝らし、作成中の資料に紛れ込んだ誤字を直す。集中力の途切れを感じ指でこめかみを揉みほぐしていると、隣の席からすっとスマートフォンが差し出される。
「沙恵さん、これ可愛くないですかぁ?」
 隣のデスクの千夏が、身を乗り出すようにして画面をこちらに見せてくる。大きな目を輝かせ人懐っこい笑みで話しかけてくる後輩のお喋りも咎められないゆるさは、この会社の良いところだ。まあ就業中とはいえ、雑談の息抜きくらいは許されて然るべきだろう。リフレッシュして生産性も上がるものだ、と心の中で言い訳をしておく。
 映し出されているのは、下方にすぼまる円錐のグラスに美しく盛られたパフェだった。透明な器に鮮やかなフルーツと白いクリームが層を成し、生クリームのフリルと飴細工で飾りたてられ実に洒落ている。丸く掬われたバニラアイスを帽子にし絶妙なバランスでそびえるそれは、新作ファッションをお披露目するモデルの立ち姿のようだ。所謂、映えるという奴。豪華だが、私にはこれを満足に楽しめそうにはないのはわかる。
「なんか、食べづらそうだね」
 素直に思ったことを伝えれば、わかってないなあ、と言いたげに千夏は首を横に振る。
「この盛りだくさんでゴージャスなのがいいんです。シメパフェですよ、シメパフェ。最近、近くのカフェバーでも始めたんですって」
 沙恵さん、お酒好きじゃないですか。そう彼女は付け足す。
「週末ですし、今晩とか行きません?」
「んー、今日はやめとくかな。また今度で」
「絶対ですよ? 季節ですぐにメニューも変わっちゃうんですから」 
 あっさり引き下がりつつ、ちゃっかり行く予定を組み込んでくる千夏に思わず笑ってしまう。
 飲みの終わりの締めと言えば、お茶漬けやおじや、ラーメンあたりが主流だが、近年パフェの需要が高まっているのは知っている。元は北海道でアイスクリームを締めに食べる文化が発展したものらしいが、どうにも私にはピンと来なかった。お酒と塩気のあるおつまみで満足なのに、最後に甘味に全てを持って行かれるのがなんとなく癪だからだ。パフェには罪はない。ただ、相性が悪い。それだけだ。
「でも、いいですよねぇ。一日をこんな素敵なパフェで終わらせられたら、いい日だったって思えるんだろうなぁ」
 うっとりと夢見るような千夏に、私はそうだねと適当な相づちで流すしかなかった。

 仕事を終え、まっすぐに家に帰る。弾む心を抑えつつ、マンションの部屋の鍵を開け電気を点ける。一人暮らしの夕飯はある程度手も抜けるのがいい。冷蔵庫に残されたあり合わせの食材でさっと料理を作るのも慣れたものだ。乾いた洗濯物を畳み、何となくテレビを眺め、お風呂に入る。それからようやく、私のお楽しみにありつける。
 退屈な毎日の締めくくりに何が相応しいか。私の答えは簡単だった。お酒だ。美味しいおつまみとアルコールが、労働の疲れを忘れさせてくれる。翌日に影響のでない程度に飲み、ほろ酔い気分のまま眠りにつくのが気持ちいい。発泡酒の炭酸が身体を柔らかにほぐし、ベッドに横たわり眠りの波に身を任せればたちまちだ。その瞬間の心地よさを私は愛している。夕飯を食べ、お風呂も明日の用意も何もかも済ませ後は寝るだけの時間だ。
 今日も一日お疲れさまと、自分にご褒美を与えるひととき。パジャマ代わりの着古したTシャツと短パン姿で冷蔵庫であらかじめ冷やしておいた缶ビールとグラスを冷気を浴びながら取り出す。この瞬間をどれ程に待ち遠しく思っていたか。これから始まる土日の休みに向けて、気分は上がる一方だ。今日のお供のスライスしたドライサラミと塩の効いたミックスナッツも、せっかくなのでサラミは皿の淵に沿わせてずらして小皿に盛りつける。
 かしゅ、と気持ちのいい音で金具を引く。この音を聞く度に、なんて心躍る音色だろうとしみじみ感じ入ってしまう。冷えたグラスにとくとくとビールを注げば、細かな泡の弾ける響きと沸き立つ真夏の入道雲の如き白い層が乗る。黄金の炭酸から生まれる白い泡の美しさたるや。泡が消えないうちに口元へグラスを運ぶ。なめらかな泡の感触。そして冷たい苦みと炭酸が喉を通り抜ける。この爽快感を得るために日々働いているのかもしれない。今日も美味しいビールが飲めたことの安堵に、私は一つため息を吐いた。
 そのまま塩辛いサラミとナッツを肴に、一缶を時間を掛けて飲み干したあたりで酔いが回ってくる。すぐにでも意識を失えそうな眠気を堪え、空き缶と小皿を流しに入れ、歯を磨いてからベッドに潜り込み穏やかな幸福に沈み込む。それが私にとっての最高のシメだ。

 やけに明るく差し込む日差しに起こされるのも、休日の特権だ。やや重たい頭をもたげて腕を伸ばす。枕元のデジタル時計は午後を示していた。 飲酒後の寝付きはすこぶる良い分、朝に残る倦怠感や昨日から持ち越した疲れは我慢しなくてはならない。もう三十半ばだ。年齢による回復量の低下を嘆いたところで、日々の楽しみを諦めることはできない。意を決してカーテンを開ければ昼下がりの眩しさに目が眩む。照らし出された部屋は仕事の疲れで溜まっていった後回しにより散らかりつつあり、よく言えば生活感に溢れている。流石にそろそろ片づけないとな。喉の渇きを覚え、ようやくベッドから身を起こして床へと足を降ろす。
 ぎゅむ、と足裏の妙な感覚に思わずベッドへと飛び退いた。弾力のある柔らかな何か。水風船のような、ゴムボールのような。もちろん心当たりがあるはずもなく、恐る恐る床へと視線を移す。
 そこには、大の字になって眠る何とも言えない生き物がいた。頭は白いもこもことした毛で覆われ、頭の両脇に横に飛び出た耳と丸く巻いたツノを備え一見ヒツジに見える。しかし、毛に埋もれた黒い顔は鼻先が伸びバクにも見える。さらに、首元を飾る白いフリルと丸い腹を強調するぴったりとした派手な衣装はピエロのようで、その奇妙さを増長させている。頭頂部のホイップクリームを絞ったような髪型と全体的にまんまるなフォルムのせいでぬいぐるみに見えないこともないが、寝息と共に上下する腹と踏んづけた感触からするに綿の詰まったファンシーな存在ではないだろう。一抱えはありそうなそれは、妖精と呼ぶにはあまりにふてぶてしかった。

 念のため私の幻覚の可能性も考え、そろそろと台所へ移動し酔い醒ましにコップ一杯の水を飲み干すも、消え失せることはなかった。
「まさか、私が魔法少女に・・・・・・?」
 呟いてみたものの、あまりの馬鹿馬鹿しさに嫌気が差し私は謎の生き物から距離をとり日常生活を進めることにした。

 生き物の様子を気に留めながら遅めの朝食兼昼食をとり、溜まった洗濯物を洗濯機に放り込み掃除機をかける。生活の騒音など意にも介さぬ眠りっぷりには感心するが、無防備すぎる姿に心配が勝ってくる。
「おーい、もうお昼過ぎだよ?」
 揺さぶってみたところで反応はない。このまま放っておいても問題ないが、謎を謎のまま放置しておくのも何となく据わりが悪い。意を決して、ふすぅふすぅと規則的に音を立てる鼻先に手を近づける。生温かさを我慢しながら鼻の穴を塞ぐように掌を押し当てた。すぐに苦しげな呻き声を上げ始め身じろぎした後で、ついにがばっと起きあがった。はあはあと息を切らした彼は周囲を見渡し、金色の瞳に横倒した楕円の瞳孔がこちらを捉える。数秒固まった後に頭を抱えて彼はうずくまり出す。恐らく、こうした形での対面は予期していなかったのだろう。失態に落ち込む不法侵入者につい同情してしまう。
「どんまい。どなた様だか知らないけど、次だよ。次」
 私からの言葉に彼は顔を上げるも、何故かきっと睨みつけられる。
「なんなんですか、こっちの気持ちも知らないで! 元はと言えばあなたのせいですよ、あなたが酔ったまま寝たりするからこんな失敗をっ」
 喋れるんだ、と言う驚きよりも怒りが先に来る。期待していた訳ではないが、勝手に上がり込んだことを咎められなかったのを感謝されてもいいくらいだ。それを、こちらの至福の時間を非難してくるなんてあんまりじゃないか。
「私の毎日の楽しみを、どこの誰かも知らない君にとやかく言われる筋合いはないんだけど。というか、何者?」
 そこで彼は、自分がまだ招かれざる客でしかないことに気づいた様子で襟首のフリルを正してかしこまる。
「失礼しました。ボクは夢魔、つまりは人間を眠りに誘い夢を食べる悪魔です。この度は沙恵さん、あなたの夢を食べるためにこうして現れたのです」
 不敵な笑みを浮かべて私を怖がらせようとしているのだろう。しかしバクとヒツジを混ぜ合わせた上に丸っこくデフォルメされた姿のせいで、悪魔と言われたところでその脅威はピンとこない。名前を知られているというのにだ。こちらが何も言えないのを恐怖していると勘違いし気をよくした彼は、さらに続ける。
「悪魔なんて言われたら、恐れるのも無理はないです。でも安心して下さい、ボクらは人間の魂には興味がありません。あくまで夢を食べに来ているんで」
 悪魔がぽんと手を叩くと、どこからか彼よりやや小さい四角い箱が現れる。無機質な白にドアが取り付けられたそれに見覚えしかなかった。
「もしかして、冷蔵庫?」
「その通り! 普通に夢を食べるなんて流行遅れ。今の魔界のトレンドはこれです!」
 扉を開けば微かに冷気が漂う。仕舞われていたのは、縁を花びらのように開いた空のパフェグラスだった。

第2話 https://note.com/yamaroda74/n/n182dde26d45f

第3話 https://note.com/yamaroda74/n/n933b10c1f315

第4話 https://note.com/yamaroda74/n/n65b20f962055?sub_rt=share_pw

第5話 https://note.com/yamaroda74/n/nb073a8400df1?sub_rt=share_pw

第6話 https://note.com/yamaroda74/n/na9aea52178d0?sub_rt=share_pw

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