俳優とダンサーに知ってほしい音楽の聴き方

僕は、歌をうたうことを専門にしながらも、幸運なことに、大きな舞台でお芝居をしたり踊りを踊ったりする機会を得ました。

お芝居と踊りについては現在誠意修行中でありますが、そういった経験の中で、「あ、意外と役者さんもダンサーさんも、音楽の聴き方を知らないんだな」と気づきました。

プライベートでの楽しみとして音楽を聴かれるときは、もう、好きなように聴いていただけばいいと思いますが、やはりステージでお客様の前でパフォーマンスする際には、ある程度、音楽を聴くための「コツ」みたいなものを知っていた方が、パフォーマーとして得なんじゃないかなあと思います。

ってことで、僕が思う、役者やダンサーが知っていると得する音楽の聴き方について書いてみます。

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先日、とある有名な楽曲をつかってミュージカルのワークショップをやりました。僕は歌唱指導として参加させてもらいました。

有名な曲なので、参加者のほぼ全員が稽古の最初から歌えるわけです。みんな思い思いのニュアンスで歌ってる。

思い思いのニュアンスで歌っている状態というのは、趣味で歌うのであれば、それはそれでいいんですけど、やはり作品をちゃんと作り上げていくためには不十分なのです。

僕が感じたいちばんの問題点は「みんなイメージで歌ってる」ということでした。

イメージで歌ってる。

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多くの俳優さんやダンサーさんは、耳で聞いて曲を覚えると思います。中にはバリバリ楽譜を読める人もいるでしょうけど、そういう方は少数派なんじゃないでしょうか。

そうすると、特に芝居中の指定で歌を歌わなきゃいけない俳優さんの場合、聴いた参考音源の歌い手さんの声質とか歌のニュアンスとかリズムとかを、トレースしようという気持ちが強くなるわけですね。

自分のなかの世界観として、参考音源を聴いたときに受け取ったイメージが、唯一のものになってしまう。

これは言わば伝聞の状態。

音楽の一次情報は、どっかの民族音楽でないかぎり、大概は楽譜です。この楽譜からさまざまなことを読み取ってミュージシャンが音に立ち上げる。この、一次情報である楽譜から音楽を読み取って音へとアウトプットしていく瞬間というのは、目の前にある選択肢は理論上、無限なのです。

楽譜に「フォルテ」と書いてあっても、どんなフォルテがその場にふさわしいか判断してそれを音にするかの決定権は、演奏者やその場の指揮者に委ねられています。無限の可能性から、ひとつの解を選択するわけです。演奏者の選択は1/∞ (この式をじっさい計算すると0になっちゃうらしいけど。)

しかし、そうやって作り上げられた参考音源を聴いて、その曲を覚えようとした場合、提示された演奏解釈を絶対の指標としてしまうことが多いので、多くの俳優さんやダンサーさんの選択肢は、1/1になっちゃったりします。最終的に選んだものがおなじ1だとしても、その分母が∞なのか1なのかで、全く違う状況ですよね。

で、特にその音楽が、戯曲や物語に付随する音楽だった場合、それまでのお話の流れや、そこに出てくる登場人物の心情やキャラクターなどが、音楽そのものの印象にも影響を与えてきたりします。

たとえば、歌詞の内容や音や音色の選び方が、聴く人になんとなく「悲しい」という印象を与える曲があったとします。

これを聴いた表現者が「これは悲しい音楽だ」という理解で、そのイメージのまま、「悲しい」ことを歌なり踊りなりで表現してしまうのは、とても危ないことです。危ないというか、大雑把なこと、です。

なぜか。

作曲者やアレンジャーが、歌詞や、音の配置、音色の選択や組み合わせ、といった要素を積み上げていくことで、鑑賞者に「悲しい」という感情を喚起させているのに、表現者が「悲しい」という感情を表現しようとしちゃうと、やっぱり、出来上がったものは漠然とした「悲しみ」を伝えてるなにか、になっちゃうんですよね。これ、言葉で説明するのチョー難しいな。

表現者としては、「悲しい」という結果を引き起こすために積み上げられてる「要素」の方に注目して、それを丁寧に積み上げていかなきゃいけないはずなんです。

この作業をすっ飛ばして、参考音源を聴いたときに自分のなかで湧き上がった「イメージ」をそのまま伝えようとすることは、つまり
観客レベルの理解のままで表現者をやろう、ってことです。

俳優さんであれば戯曲を読むときに、その構成からキャラクターの行動や思考の癖、言葉の結びつきや、そのほか音楽家の僕には想像もできないような緻密な情報を読み取っているはずです。ダンサーさんだってひとつの振付を理解するときには、これと同じようなことをしていることでしょう。

それを、ただ戯曲を読んだときの「イメージ」や、振付を見たときの「イメージ」で、踊ったり芝居をしたりしたら。これはもう、なんというか、恐ろしい状況ですよね。

参考音源を聴いて得たイメージで音楽を捉えて、それを歌う、踊る、ということは、それぐらい危うくて恐ろしいことなのです。

ということは。

俳優さんやダンサーさんが身につけるべき音楽の聴き方はズバリ

イメージで聴かない

これにつきます。

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イメージで聴かない。

具体的にどうしたらいいねん、って話ですよね。

まずは、「そこで何が起きているか」をちゃんと聴くことから始めましょう。

おそらくみなさんが扱う音楽のほとんどは

ドラムやパーカッションがリズムを叩き

ベースなんかが低音でベースラインを弾き

ギターとかピアノがハーモニーを鳴らし

その上でなにがしかの楽器か歌がメロディを担当している

みたいな音楽です。
例外ももちろんありますが、だいたいこれです。

この、リズム、ベースライン、ハーモニー、メロディを、順番に、分解して聞いてみましょう。

人によって、音楽を聴くときに、その曲の何を聴くのかには癖があります。

歌詞を聴く人、メロディを聴く人、ベースを聴く人、リズムを聴く人。

高校時代にトランペットをやった経験があるならホーンセクションの動きが自然に耳に入るかもしれませんし、彼氏が弦楽器奏者だとなんとなくストリングスの動きが気になったりするものです。

こういった、聴き方の癖や傾向を取っ払って、とりあえずはすべての要素を、分解して聴いてみようと努めるのです。

まずは、リズム。ドラムとかパーカッションなんかの動きを、一曲の頭から最後まで追っかけてみます。それだけをずっと聴き続けるのです。

初めてだと追いきれないかもしれませんが、集中して何度か繰り返せば慣れます。

で、同じように、次はベース、その次はハーモニーを、最後にメロディを、と続けていくのです。

そうするとたとえば、ただ漠然と「悲しい」と思っていた曲のリズムのかたちが、「タンゴ」だということがわかったりします。ただイメージとしての「悲しい」と、「タンゴのリズムにのった悲しい曲」では情報量に月とスッポンほどの差があります。「タンゴのリズムにのった悲しい曲」って理解できた方が、パフォーマー精神をくすぐられませんか?

こうやって分解して聴くことを身に付けると、メロディは音符が細かくて喋るのに忙しいのに、意外とベースラインやハーモニー楽器は長く伸ばす音で演奏しているんだなーとか、この曲は前半リズム楽器とハーモニーだけでベースが無くて、歌詞的に盛り上がるサビの前からベースが加わるんだなーとか、気づくわけです。

あるいは、「リズムとベースとハーモニーとメロディ以外の、なんか途中で出てくる音があるぞ」とかにも気づいたりするのです。

こうなったら、こっちのもんです。

慣れてしまえば、一度聴くだけで、すべての要素をだいたい把握できるようになります。一度読むだけで、一度見るだけで、戯曲や振付の構成と大事な要素を理解できるってのと同じ状態になれます。

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曲をイメージではなく、要素に分解して聴く、というのは本当に大事なことです。

イメージで聴いてしまう状況から脱却するには、この方法しかありません。
「そこで何が起きているか"ちゃんと"聴く」方法しか。

あるいは、楽譜を読むこと、ですが、それには時間もかかりますし、楽譜がそもそもないっていう現場も多いことでしょう。それに即興的なセッションの中で芝居をしたり踊ったりする必要があるときには、その瞬間になっている音に反応できる能力が絶対的に必要なので、普段音楽を「パフォーマーとして」聴くときに、その瞬間に何が起きているのかをちゃんと聴く習慣をつけておくと、とっても便利です。

もうひとつ、可能な限り心がけて欲しいのは、普段からいろいろな種類の音楽を聴いておくということです。

曲を分解して聴けるようになっても、自分の中にサンプルがなければ「これはタンゴのリズムだ!」と気づくことはできないわけですから。別に専門家のように詳しくなる必要はなくって、日々の家事のBGM的な扱いでいいので、いろんなジャンルの音楽に触れておく。これ、とっても大事なことだと思います。

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僕としては、芝居と踊りができるオペラ歌手を増やすことが、今後のオペラ界を救うためのひとつの解だと思いますが、同時に、音楽を具体的に理解できる俳優さんやダンサーさんが増えることも、日本のステージアート界を盛り上げるための有力な方法だと感じています。

僕も、自分の専門である歌や音楽のスキルを磨き続けるのと同時に、お芝居と踊り、頑張りまっす。


=== 本編として大事なところは以上です。ここから下は大したことない、袋とじ的なオマケですので、興味がある方と、投げ銭的な意味で僕を応援してやってもいいと思ってくださる方が読んでくださればいいと思います。===

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