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【#一分小説】適音《第一話》

 怠けてばかりは、いた。

 広志こうすけは、穿いていたスニフを右肩に担いだかと思えば、ティンパニのようにと、ソロリソロリと打ち鳴らした。

 「誰にも言えることでないがな。」

 じいさんは、そう前置きして、

 「クリームソーダってあるじゃろ。儂は、あれのソーダの部分を飲むために、一日十八時間も孫の手の、通常ゴルフボールをつける側に合成繊維のビラビラを取り付けるという仕事を、時給八十円、年中無休やっとると言っても過言ではないんじゃ。ところが内閣、儂はあれの上に乗っ取るアイスが余計で下のソーダが上手く飲めんで毎回毎回難儀しとるんじゃ。大体なんじゃありゃ。名前。『クリームソーダ』て。『アイスソーダ』じゃろ。『クリーム』だけ言われても、『アイス』なのか『生』なのか『カスタード』なのか『ソース』なの皆目見当がつかん。『ソーダ』には全く異論は、ありゃせん。ただ、アイツとは一回どこかで決着をつけないかんと思とるんじゃ。」と、クリームソーダのそれを、酢豚のそれの如く罵っていた。

 広志は、先刻脱ぎ捨てたスニフを徐に掴んだかと思えば、今度は、じいさんの顔に目掛けてティンパニのようにと、激しく、激しく何回も打ちつけた。

 しかし、それもまたクリームソーダのそれのように淡くグラスの底まで溶けていくのだろうか。

 広志と、じいさん。ふたりの最後の夏休みが、こうして始まる。

(つづく)

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