夏の日

人が倒れていたらしい。
対岸で本を読んでいたくせに目だけそっちを見て、なんだか人が集まっているな、程度の認識だった。
うるさいサイレンの音でやっと本を閉じて見れば救急隊員が道具鞄や担架を抱えて通るので、どうやら人が倒れているらしいと分かった。
人が集まりだしたのはもうしばらく前だったと思うが、その間もその人はずっと倒れていたんだろうか、

野次馬のつもりで救急隊員の後ろについて橋へ上がり、隊員が先に行くのを見送り橋の上で立ち止まる。
人集りを目印に橋の下をくぐる遊歩道を見れば確かに誰かが倒れていた。
私は中途半端に目が悪い。
本は読めてもやや離れたそこまでは見えず、多分そこそこ歳のある男性だろうということしか分からなかった。

ふと橋のそばに目をやるとなんだか地面からは高いけれど本を読むのに良さそうな場所があった。
しかしそこに行くには下から登るか上から降りなければならない。
上から降りるには周りの目が多いため降りられず、下から登るには高くて登れない。
そもそも私は高いところが得意でないからやっぱり無理かと諦めて、人が倒れているらしい人集りを眺めた。
眺めたところで何も見えない、人がいることしか分からない。
男性は草も茂る地面の、小さな果樹の日陰で寝かされているようで、余計に私の視力では見えない。
私は諦めて元いた岸に戻り、座り込み本を開いた。
残念なことに私の今日が劇的に非日常になることはなかった。

後から風の噂で聞いたが、男性は熱中症で倒れていたらしい。
何者だったのかは今も知らない。

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