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ショートショート 顔自動販売機


「はい、勉強お疲れ様」
「…ん」

大学受験の頃。
部屋に缶詰で勉強をしていると、母はよく夜食を作ってくれた。

夜食といってもおしるこだ、俺の好物だった。

「あんまり無理しないでね」
俺は碌に返事もしなかった。
上がらない成績の事しか頭に無かったのだ。





ガタン

自動販売機から水を取り出す。
ベンチに座り、飲み会での話を思い出した。

タケルは公務員、ミカは銀行員。
皆、内定を受け取り価値のある人生を送る。

一方俺は志望校に落ち、無理に上京して就活を始めるも全落ち。
想像と違い、焦りを覚える。


早く、価値のある人間にならなきゃ。


自販機を見つめていると、
おしるこの缶が目に止まった。

ぼんやりと、顔が浮かぶ。


「あら、こんな時間にどうしたの」
「いや…別に」
「体は大丈夫なの?」
「…うん」

久しぶりの声、力が抜ける。

「就活は順調?」
「…まぁ平気」

「…あんまり無理しないでね、アンタそういうところあるから」
「…」
「生きてるだけで私の誇りだよ」


母は、どんな面接官よりも手強く思えた。



【419文字】

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