見出し画像

桜の変化と切り取り方

おはようございます。こんにちは。こんばんは。
最近、意外にも「仕事っていいな」と感じているやまね(@yamanebass)です。

3、4月の忙しさピークは超えた気がします。

そんなことはさておき、今回は家にある桜の枝について。
蕾がふくらんで咲き、枯れたところで「今季お疲れ!」みたいな気分でいたんですが、どうやらそうではないらしい。

そんな桜からの学び。

桜師匠からの学び

「花見酒じゃ♪」とか言ってピンクのふっくらしたやつを眺めながら過ごした3月。

4月になって落ちる花びらを片付ける機会が多くなってからは「もうこれで終わりなんだな」と思っていました。

しかし桜師匠は強かった。

落ちる実、生える新芽、もう咲かないと思ったらゆっくりと開く花びら。
「こうなるだろう」と予想するわたしの想像を超えて毎日くるくると表情を変えては、わたしの口角を上げさせてくれる。

「ん、これって……?」

目の付けどころ、切り取り方

桜の枝でスポットが当たるのはどの部分だと思いますか?花?枝?葉っぱ?

きっと多くの方が花だと答えるでしょう。
ピンクの淡いソレを見たくてお花見にいきますよね。

でも、花はおおかた枯れてしまった。

そこで少しスポットを当てる対象をずらして。新芽に目をやってみる。

生き生きと空気や光を飲み込んで成長する彼らには「希望・活力」のような言葉が似合います。

あぁ、なんか思い出すなぁ、あのときの。

「逃げたんだよ、あの人は」

以前、人がよく辞める職場で働いていたことがあります。仕事はハードで求められることはたくさん。
数ヵ月で人が辞めていくことはめずらしくありませんでした。

歴が長い先輩は辞めていった人のことを、こう言いました。

「逃げたんだよ、あの人は」

その言葉を聞いた瞬間、まるで喉に魚の骨が刺さったような違和感を覚えました。

「逃げ……た?」

そう、先輩は”この会社で長くやっていくことがエラい”と思っていたのです。
かたやわたしは、環境が辛くて仕方ないなら離れるべきだし、辞めて新しいことを見つけ、健康でやりがいがあるなら言うことなしだと思っています。

目的は働くことではなくて、健やかに幸せに生きることだと思うから。
そしてその尺度は人によって違う。

あちらを立てればこちらが立たず

人の持つ時間や注意力には限界というものがあります。
念じても一日は30時間にはならないし、常にいろんなことへ神経を研ぎ澄ませなさいって言ったって、できません。

そんな限られた時間、力のなかで自分が何を大切にして、どういう風に切り取るか考えるのが大切だと思っています。

まぁそれが難しくて、すぐにできたら苦労はないのだろうけど。

花が枯れたかと思ったら葉っぱをつけ、別の視点をくれた桜師匠は今日もちょっとずつ姿を変えています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?