ラジオトークデビュー

Radiotalkというアプリで一人ラジオを配信し始めました。

ラジオでトークするアプリです。
(この程度の説明ならする必要ないよね)



僕はラジオあんまり聴いてこない人生でしたが、中学生のとき、EE JUMPのソニンさんが好きだった僕はソニンさんがレギュラーで出ている「俺たちやってま〜す」だけは聴いていました。
(この時の僕はソニンさんのポスターを部屋中に貼りまくっているぐらい好きでした。部屋といっても僕は独立した部屋などなく、ただ寝るスペースとして区切られてるだけで玄関から居間に行くのに必ず家族が通る部屋でした。なので家族に見られるのを覚悟でポスター貼りまくってたので中々の覚悟、というかキモさでした。)


最初はソニンさんがレギュラーの曜日だけ聴いてましたが、聴いてるうちに


『ラジオ聴いてる俺ってなんかシブいなぁ』


という気になってきて他の曜日も聴き始めるようになりました。
(そこで雨上がりさんと小池栄子さんの絡みが毎週めちゃくちゃ面白かったのを覚えています。)


ポスターを貼りまくったりラジオ必死で聴いたりしてたんですが


僕は途中で


『あれ?本当に僕はポスターを貼りまくったりラジオ聴いたりをしたくてやってるのかな?』という疑問を抱き始めました。


ソニンさんは大好きなんです。


もうめっちゃ好きです。


ただ

『好きやからその人にまつわる物を必死で集めたり、その人の情報を逐一追いかけたりしなければいけないのじゃないか?』


というプレッシャーを勝手に感じてそうしていただけじゃないのかな?


と思ったんです。


ポスターに写るソニンさんはとても素敵だったし


ラジオも聴いててめちゃくちゃ楽しかったんですけど


でもなんか自分の中で多少無理してるような気がする。


誰かを応援したり、何かを趣味で好きになったりするときに


【好きになるからには人より好きじゃないといけない】


という思い込みが生まれちゃうんですよね。


しかも中には


『〇〇も知らない(〇〇も持ってない)のに本当にファンなのか?』


などと勝手な基準を設けてファンである事の敷居をあげようとしてくる人もいたりする。



好きってもっと楽でいいよね。
(ここは太字でもいいくらいやな)




好きってもっと楽でいいよね



(太字にするんかい)


人が着てるサイズの服はその人にとって心地いいサイズなんであって


誰かの心地いいサイズが必ずしも自分にフィットするとは限らないですし


「同じMサイズ着てても肩幅狭いから私は袖がちょっと余っちゃうねんな」


とか細かい差もあったりする



人のサイズの好きを着る必要なんてないんです






人のサイズの好きを着る必要なんてないんです


(わかったよ)



男女でもそうですよね




男女でもそうですよね


(早いて!多分太字にするとこもうちょい後やろ)



まぁ憧れもあるんでしょうけど、付き合ってるんだからこう!とか結婚してるんだからこう!


とか決めてたらそれを達成できなかったときしんどいでしょ?


「こういう時、他のカップル(夫婦)と違って意外と自分らってこんなもんなんや〜」


でいいの!
(別に僕の周りの特定の誰かに向けて放った言葉ではないのであしからず。)





また明日
(明日必ず更新するとは言ってない)


そこは強調し過ぎんな!!

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