私の好きな短歌、その35

うちへ帰るただそれだけがたのしみにてまた一日いちにちの勤めをはれり

 筏井いかだい嘉一、『荒栲あらたへ』より。(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p221)

 この当時作者には妻と一人の娘がいた。日々の実感を呟いたらそのまま短歌の31文字になっていたかのようだ。家庭の幸せと、仕事はそれほど楽しくないという不幸せが一首に無理なく表現されている。
 調べという点では、上三句が少々ガチャガチャしているように感じるが、それよりも同感の気持ちが強い。あるある短歌とでも言おうか。一首は多くの人が実感していることではないだろうか。仕事がそれほど楽しくなく、家庭にも居場所がなくなったら、人はどうすればいいのか、と、一首と関係ないことまで考えてしまった。

 『荒栲』は1940年(昭和15年)刊行。刊行時作者42歳。作者生没年は1899年(明治32)ー1971年(昭和46)、享年73歳。

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