私の好きな短歌、その20

嘶(いなな)けばいななきかへすこゑごゑの村に響(ひび)きて馬市(いち)たつらしも

 橋田東声、歌集『地懐』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p88)より。

 歌材が古くて新鮮だ。おそらく自動車など村にはなかったであろう時代、馬のいななく声が辺りに響いている。馬が交通手段として乗られていたのか、農耕用だったのか、あるいはその両方なのか。いずれにしても馬の市が立つくらいであるから、生活の中で一定の役割を果たしていたにちがいない。人々が必要としているからこそ市が立つのであり、そこには真剣な喧騒があったはず。馬の嘶きかわす声が、現代の私が住む寒村の空に遠く聞こえてくるような気がする。「いななく」と「こゑ」の反復が一首に響き、「i」音のリズムも心地良い。

 『地懐』は1921年(大正10年)刊行。刊行時作者36歳。作者生没年は1886年(明治19)ー1930年(昭和5)享年45歳。

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