私の好きな短歌、その25
ものみなは陰をかぐろく持つ日なり柩(ひつぎ)の馬車の動きいづるも
植松寿樹、歌集『庭燎』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p131)より。
「学友須田実の死をいたむ」と詞書がある。「かぐろく」という言葉、深い黒を表していて魅力的だ。ここでは「か」の繰り返しも気持ちいい。ものが陰を持つという表現も、なにか影の意思を感じるようで幻想的である。三句で切ることによって時間がいったん止まり、軋みながら馬車が動き出す、という臨場感が生まれている。眩しい日の光の中にある馬車が、黄泉の穴のような黒黒とした影を引きずっていく。この世のものではない何かを垣間見ているような不安、あってはならない現実が起こってしまったという恐怖を感じさせる。
『庭燎(にはび)』は1921年(大正10年)刊行。刊行時、作者は32歳。作者生没年は1890年(明治23)ー1964年(昭和39)享年75歳。