私の好きな短歌、その42

つれづれに吾のいで来し雨の日の昼のなぎさに烏ぬれをり

 佐藤佐太郎、『しろたへ』より。(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p363』)

 「つれづれに」は、安易に使うと単に古語を使いたいだけじゃないかと思われそうだが、機会があれば使ってみたい魅力的な単語だ。ここでは初句に用いて一首への導入としている。
 退屈しのぎに雨の日の海に来た、というそれだけのことだが、そこには美しく羽を濡らした烏がいて、人間と烏、異なる種族が同じ景色を見、同じ雨に打たれ、同じ時間が流れていく。こちらの勝手な思いだが、同時代を生きている運命共同体としての親しみが湧いてくる。風景としてはありふれていても、短歌に仕立てることによって、普段なら見過ごしてしまう感情を浮かび上がらせることができる好例。しかも作者はそれをほとんどありふれた単語のみで行っている。語彙が少ないからと作歌をためらう初心者には、心強く、勉強になる一首だ。
 音読すると、「の」とナ行音の繰り返しが心地いい。

 『しろたへ』は1944年(昭和19年)刊行。刊行時作者36歳。作者生没年は1909年(明治42)ー1987年(昭和62)、享年79歳。

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