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猫考察851

この前ボラさんの活動にアヤをつけるつもりはハナから無いけどやはり一応ご意見を頂いた…
ボランティア活動は線引が難しいと分かってほしかったのだ 永続出来るか 全ての動物に気を付けて見てられるか… 恐ろしい病気を持ってくるものもいる 少しでも見逃せば全滅…建物の消毒から始めなくてはいけない 簡単に消えない感染症もある

東日本大震災の時 とある連れがボランティア活動に全力で取り掛かった… 見ていても聞いていてもとても大変で凄い事になってんなぁとまぁ仲間も友達も多いやつだから本当に凄い活動になっていた
本当に寝てなく痩せてそれでも目が血走り狂ってんのか?位関係無い人を助けようとした
その時 そいつの嫁に止められたらしい 今倒れたら助けられるのも助けられなくなる その為には自分の休養が必要だと じゃないとこの先やらさせないと 生まれも育ちも仙台ででも親父さんもお袋さんも親戚も殆どが石巻 南三陸町 よく遊びに行き自分達も親父さんのお兄さんのお店で飲ませてもらった だから自分達からしたら石巻部隊みたいな
関係性で川開きも楽しかったし 釣りも沢山の穴場がありサーフィンもレゲエも石巻譲り それぐらい自分でも馴染みがありほっとけ無い惨状で…
アイツの心情は分からないけど理解は出来る
ただ自分も釣り好き魚好き仙台の海沿いには沢山の知り合いがいて全滅だった閖上地区には親父の弟のお嫁さん つまり伯母さんの実家がありたくさん遊びに行った 他にも沢山…だから仲間や家族には連絡が来る迄深追いするなと 必ず誰かとぶつかり傷付かなくて良いところまで追い込むことになるからと

タダで助けることが広まると簡単に持ってきたり あそこに捨ててあるなど沢山のレスキュー要請が良かれと自称動物好きな人達から連絡が入る
最近は老人の多頭飼育が亡くなったことにより継続できなくなったとか 動物好きで保護を何でその時自分でやろうとは思わないのか分からない…
多くて六匹自分で飼っていたら更に大変さも苦労も分かるだろうけどそれなりに飼育道具持ってたりするだろうに ボラさんに丸投げするのがどうにも気に入らない 自分的に言うと形が悪い格好悪い…
命の重さや大切さを説く方々がいるけど正直自分も教えて欲しい 常々考え悩んでいるからだ…

ここで話が戻る 助けたい…設備や屋根のある建物もある… でもキャパシティがそれぞれにある…
人もお金も設備も ちょっとぐらいなら…そうして助け預かってしまう そしてボラさんの譲渡は辛口審査だ それは幸せに暮らして欲しいからだと思うし生まれが苦労してきた分これから先は幸せに暮らして欲しいから願いが審査に変わり厳しくなる
でも貰い先が無かったり鳥籠に寒空の下の簡易テントの譲渡会に小さ過ぎないか?とか変な心配してしまうことも少なく無かった… トライアルもそう
ガス代もかかるし そもそも出会いは天運で躾は各家庭で違うし家の中も家族構成も違う 
うちに居る猫達が幸せなのかも分からないのに 人に人のやってることにアヤを何で付けられる?
むしろこっちが何が正しいのか聞きたいと思う
でも 助けちゃうんだよね ほっとけない無いんだよね 分かるからこそ気を付けてと言いたいだけなのだ 自分の余裕を削る事は自分の命の線香の長さは誰にも分からない…その線香が燃えている間にしていることだ 命を削って助けようとしている…
だからこそボランティア活動もしながら自分の他の楽しみもあって良いはず むしろ無ければ駄目なのだ 息抜きは肩の力を抜くのは大変なのだ…
家で猫とマッタリも楽しいしギャーギャーバタバタもそれはそれで楽しい 楽器をだせば邪魔するし本を読んでも邪魔するし でも窓際で3匹と一人で外を見ていのが1番好きな事だ
病床数では無いけど80%がホテルも病院も適切なサービスを受けられる 100超えたらそこで何か事故があったら自分を責めるだろう… それが今までやってきたことの素晴らしさが無くなるわけじゃ無いのに
どうか折れないでとただ願うだけなのだ
自分の家にはこれ以上は無理だし と続いていく話なのだ 他人事にはとても思えないだから折れないで 数を減らして救える命に限りはあっても仕方無い それも天運 背負うことはない 世の中の人間が曲がっているから起こること 直せないよ…
では又

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