見出し画像

山猫のバックギャモン記 第二十二章~春の風物詩 裏名人戦七番勝負・流

※本記事は史実に基づいたフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係はございません。

2021年5月、春ー

今年もこの季節がやってきた。ギャモン界では春の季語に準えられる、特別な対局が行われる新緑眩しい季節。そう、裏名人戦が開幕する。

ギャモン界最大の注目の一戦であるこのタイトル戦は、全日程7局に及ぶ長丁場である。そのため持続的な忍耐力が試されるのは当然であり、それだけでなく最高峰の舞台にふさわしい、余念のない研究や真剣勝負の決断力が必要とされている。

そんな最高峰の舞台への挑戦権を得たのは、ギャモン歴2年という浅いキャリアながらも、天性のギャモンアイドル性で一躍裏名人戦の舞台に躍り出た対馬山猫。実力的には他に劣る部分があるが、一瞬のキレがあり他棋戦では本戦ベスト16まで進んだこともある中堅ギャモナーだ。

迎え撃つのはバックギャモン世界選手権4位、王位のタイトル経験者であるトップギャモナーの森内さん。平均PRも国内最高クラスであり日本の代表といっても過言ではない実力者だ。

過去の対戦成績は森内8勝-山猫5勝。実力差を考慮すると、山猫がなんとか食らいついている格好だ。もしかしたらこの裏名人戦もひょっとしたら・・・なんて声がちらほらと聞こえてきたこともあった。

しかし世間の評判は大方の予想通り森内さんのタイトル防衛に傾いていた。それも当然である。運の要素があるバックギャモン。初心者でも世界チャンピオンに「運だけで」勝てるポテンシャルはあるものの、「運だけでは」そう簡単ではないのがこのゲームの特性であり万人を魅了する素晴らしい要素だ。一般的なボードゲームに比べて短い持ち時間による瞬時の判断力や、どんなアンチジョーカーにも揺るがない精神力、ダブリングキューブを打つ度胸、PIPカウントの素早さといったPRという数値が表すもの以外の実力が試されるゲームである。

その要素を比較すると、あらゆる面で森内さんが圧勝していた。山猫自身、トップギャモナーの森内さんが上記の要素のみならず、平凡な出目でも最善にたどり着こうとする貪欲な探求心に日ごろから崇拝している部分があった。正直言って、森内さんと対局するのは楽しみで仕方がない。平凡な中堅ギャモナーである自分にとって、一手一手が勉強になる。そんな相手と最高峰の舞台に立てる喜びを嚙みしめながら、それでも勝負師故、勝つための姿勢は損なわない。心の中で山猫は呟いた。

「私は下馬評を裏切るだろう」

第一局 赤坂 玖院荘

迎えた第一局。このシリーズの混戦を占うがごとく、1ゲーム目から混戦となった。森内さんの初手は43ツーメンダウン。スプリット&ダウンに比べ、積極的な姿勢を見せた。後手山猫は62を振り、9ポイントに降ろした駒をヒット。幸先の良いスタートである。

しかし山猫は日ごろから立ち上がりのPRが非常に悪い。この日もそのバッドスキルが活躍してしまう展開になった。

画像1

直前の63でヒットされ、61を振る。1でエンターして、4プラに3枚のバックマンが捕まる形となった。相方の6が意味不明だった。直前でヒットされたことで直感的にPIP遅れているという意識が働いてしまい、プライムのエッジに立つ22のアンカーを外すことが出来ず、勝率を8%も下げる最悪の手を指した。白森内さんの次の出目で奇数を振れば大体ヒットという状況を作り出してしまった。バックゲームもタイミングが合わず、ブロットを増やすべきではなかった。

画像2

その後エラーが祟り、色々とブロットを拾われ図の局面に。キューブが動いていないためやや安堵ではあったが、被ギャモン率は62%という大劣勢に。

しかしその後森内さんのボードが3ゾロでクラッシュ。下図の局面となった。

画像3

それに対しすかさずツーグッド解除のダブルが重厚な手つきでそっと盤上に現れた。考えていたのは、白は5を振らなければ困るということ。つまりテイクがあるとは思っていた。しかし大半の出目ですぐに割れない白のインナーボードに加え2枚オンザバーとPIP差がキツイためパスした。が、278点のエラー。青のボードが固いことを過小評価しすぎた。鉄板流で着実に1点を取られそのダメージを引きずってか、2ゲーム目はランニングになった局面でPIPカウントを間違えてリダブル。勝手に自滅してしまった。

果敢にダブルを打つことと無謀にダブルを打つことは雲泥の差。しかし第2局に向け、不屈の闘志を弱火くらいで燃やし始めるのだった。

第二局 赤坂 クイーンホテル

第一局は全く持ち味が出せないまま自滅して終わった。こんなギャモンは久々であり、大舞台における畏怖が手にそのまま反映してしまったのだろう。しかしそのような悪手を続けるわけにはいかない。迎えた第二局。

画像4

それでも立ち上がりが悪い。1ゲーム目はヒット合戦になったが、ヒット合戦も息を入れるタイミングが肝要だ。白3Pのブロットが目に見え、ヒット合戦を優先してしまったがアンカーを取るのが絶対。気持ちよくヒットしてもその後のリターンが多すぎる。わずかに白のほうがボードが固く分が悪いヒット合戦である。最強のアンカーを取れる54をふいにしてしまったことは反省しかない。。。ヒットを優先したり、アンカーを優先したりの順位を明確に出来ていないのは完全に実力が劣っている証拠だ。ヒットは気分が良いかもしれないが、リターンのことは必ず考えなくてはならない・・・

画像5

乱戦をやや優位に進めダブルを打ち(少し早すぎた)、再び混戦となったこの54の直後。唯一勝率が逆転する6ゾロを振る。4プラに捕まった2枚のバックマンを2枚とも逃がせる味良道夫の出目で逆転。その後白にブロットが発生し、運よく咎められたままギャモン勝して4-0クロフォードに。

そのクロフォードのゲームも無難に制し、およそ1年ぶりに森内さんから勝利を得る。対局数が少ないとはいえ、ここまで間隔が空いたのは不思議な気持ちだ。

対局後は「やっと森内さんに勝った~」と呟いてしまったほどだった。しかしその油断が今後の厳しい展開を誘発するとは、その時の山猫には知りえないのだった・・・

続く?



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?