「なんとなく」の追求〜日本語教員養成課程ってどんなもの?
みなさん、こんにちは。山梨県立大学国際政策学部国際コミュニケーション学科4年、卒論真っ最中の長坂愛です。今回は私が学んでいる「日本語教員養成課程」のご紹介です。「日本語教員養成課程」は「日本語を母語としない人に日本語を教える」教員の養成課程です(私は「主専攻相当」をとっています。「副専攻」もあります)。いきなりですが、大学入学時の私に会いに行こうと思います。
「シラバス」とにらみ合う私(「シラバス」とは授業の内容と計画のことです)。
「何か大学で資格を取ったほうがいいよね・・・?とりあえず地域限定通訳案内士はとるつもりではいるけど、日本語教員の養成課程か・・・とれるかな」
入学当時の私は猛勉強していた高校の流れで、休みがないくらいパンパンな予定を好んでいました。自転車×電車×自転車での登校だったので、空きコマがあっても帰れないし、それだったら単位稼いで、ついでに資格がとれたらラッキーじゃん!?ぐらいに考えてました。
だから正直に言いますと、「日本語教員」という仕事も授業数もどんな授業なのかも何も考えないまま「日本語教員養成課程(主専攻)」にチェックしました。
でも確かに「日本語ってどう教えるんだろう」と不思議には思っていました。改めて考えると、日本語をどうやって学んできたのか分からないのです。
ひらがなとか、カタカナとか、漢字とかどうやって覚えたっけ?「ママ」とか「パパ」とかの簡単な単語からどうやって文にしていったんだろう?「楽しい」「楽しかった」「楽しそう」「楽しみ」どうやって使い分けているんだろう?「日本語」みたいにずっと身近にあったもので、当たり前に話せるものって、改めて考え直す機会ってないですよね。
でも外国の人にとっては「なんで?」「どうして?」ばっかりなんです。
これは日本語教育養成課程の授業で実際にやった問題です。読んでいるあなたも一緒になって考えてみてください。
☆「が」と「は」、「に」と「へ」の使い分けは?
☆「あく」と「あける」、「しまる」と「しめる」何が違う?
☆ ひとつだけ使い方が違うのは?
1.明日はどうやら雨らしいね。
2.このドラマ人気らしいよ。
3.こんなに買うなんて、あなたらしいね。
☆ 同じ使役文(~せる / ~させる)だけど意味の差はある?ない?
・母親が子供に部屋を片付けさせる。
・母親が子供を遊ばせる。
私たち日本語話者でも迷ってしまう問題かもしれません。
「似ているようで違う」
その差を私たちは「なんとなく」、感覚的に使い分けられているだけなのです。
「これはなんとなく違う気がする・・・」
『何が違うの?具体的には?』
「こういう言い方はしないよね?」
『なんでこれはOKで、これはダメなの?』
日本語教員養成課程の授業は『「なんとなく」を追求する』勉強だと私は思います。
感覚的なものを「どうしてか?」と考えるのは頭をやわらかくしないと何もできません。もはや、なぞなぞのようなものです。そのなぞなぞの問題と答えを自分で説明できるようにならないといけないのです。しかも簡単な日本語で(教える相手はもちろん日本語を学ぶ外国の人ですから)。
「なんとなく」を教えることは本当に難しいことです。私も上のような問題と何時間も戦ってきました。
なにが違って、なにが違わないのか。
どうやって説明したら伝わるか。
何を使ったら分かりやすいか。
実生活で使えるような例文とはなにか。
どの言葉を選択したらいいか。 etc.
でもほとんどの授業で友人らと助け合うことができます。一問一答ではあるけれど、説明の仕方は千差万別。見方を変えれば、新しい説明が浮かんでくるかもしれません。
高校生のみなさんには、授業をとる前から不安にさせるようなことを言ってはいけないかもしれないけれど、難しくて、頭がこんがらがるような勉強です。
でもその分、やっている間の気づきと終わった後の達成感の気持ちよさはやった人にしか分からないと思います。私なんて最後の実習が終わった時「終わったぁぁ」って教室で脱力しましたからね。今日はちょっといいアイス買おうかな~とかルンルンしていました。
私が「なんとなく」とり始めた日本語教育養成課程は、
「なんとなく」に気づき、
「なんとなく」を共有し、
「なんとなく」を言葉にする ものです。
まずはやってみるだけやってみたらいいと思います。
「なんとなく」でいいんじゃないですか?
理由とか根拠はあとからでも探せますから。
↓日本語教員養成課程について、詳しく知りたい方はこちらからどうぞ。Q&Aもありますよ。