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或る女の回顧録

「なぁ、あんた、『天使』ってみたことあるか?」
藪から棒に同僚が言う。
「天使だぁ?そりゃうちの嫁と娘のかわいさときたら」
「そうじゃなくて、聖書に出てくる方の天使さ。」
聖書、ね。
あんな説教くせぇ本のどこがいいんだか。
「聖書なんざ読まねぇよ。」
「はー・・・これだから今の若いのは駄目だねぇ。」
その上、そんな事を言う。
"これだから今の年寄りはしみったれてる。"
なんて言やぁ、何をされるかわかったモンじゃない。
「じゃあなんだ、あんたはあるのか?『やさぐれエルフ』殿?」
見た目は20代、中身は100歳越えのバアさん。
誰が呼んだか『やさぐれエルフ』。
「ある。って言ったら、あんたどんな顔する?」
「いつものホラだと思うが。」
「あたしがいつ嘘をついたよ。」
「あり得ねぇだろ。やれ『空高く聳える建造物が立ち並ぶ都』だ、『人の作り出した光で輝く街』だ。そんなもんどこにあるってんだ。」
反論すると、彼女は大きなため息をつく。
「あたし以外にこの事を知ってるヤツは、みーんなくたばっちまったからねぇ。」
「そもそもあんたが100歳越えのバアさんだってのも信じちゃいねぇよ。で、今度は天使サマか。」
「嘘だと思うならそれでもいいさ。ただ、あの日あたしが見たアレを、『天使』以外の他の言葉で言い表す術を、あたしは持ってないんだよ。・・・・・・あんなの見ちまったら、『かわいい』の比喩に『天使』なんて言葉使えなくなるだろうが、ね。」
いつになくしみったれた様子でタバコの火を消す彼女が、2本目のタバコに火をつけた。
「なんだ、バケモンでも見たってのか?」
「関係者もあたし以外はくたばっちまったから嘘なんざつかないよ。信じるのも信じないのもあんた次第。」

「今から百年は前の話。それこそ」

「――あたしが、まだこの見た目通りの年齢だった頃の話さ。」

(続く)

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